白黒テレビ

うちの白黒テレビは上部にレコードプレイヤーがあったので、豪華白黒テレビだったのでしょう。 室内アンテナはうちにもあったが、これで放送電波をよく拾ったな~。

インターネット航空雑誌 ヒコーキジャーナル第245号

東京駅ではいつも買う歩いていてシェイクされた寿司と焼き鳥を買い・・・

毎年のように東京ヘリポートの横の歩道は草がぼうぼうになります。 どうやって進めばいいの? 草が生える歩道というのも珍しいと思います。

昼過ぎには東京ヘリポートを後にしました。

ベル206L-4(JA31MP はやぶさⅠ号)

この機体は約20年飛んでいて退役は近いと思われ、見かけたら撮影しておきましょう。
ベル206は絶命危惧種です。

ユーロコプターAS350B3(JA6513)?

エンジンカバーを外していて機体番号がわからなかったが、他の撮影した写真などを見て機体番号を特定しました。
機体番号を特定する作業は楽しいけれど、すぐにわかる方がいいですね。
この機体は八尾空港で嫌と言うくらい撮影していました。

ユーロコプターEC135T2+(JA32MP はやぶさ2号)   この機体も初撮影です。

これだけ初撮影できれば、私としていい日に東京ヘリポートに来たのでしょう。
この機体は立川の基地所属なのか、飛来後すぐに離陸していきました。

ロビンソンR22Beta(JA24NF)   この機体も初撮影です。

レオナルドAW139(JA94NH)   この機体も初撮影です。

ユーロコプターAS350B3(JA6505)

この機体も初撮影でした。 というか、他にも多くの機体を撮影しているのですが、初撮影の機体を選んで掲載しているのでそうなるのですけどね(笑)。
調べてみるとこの機体は2007年から朝日航洋で飛んでいるのに、なぜ撮影したことがないのだろう?
朝日航洋は八尾空港にも運航所があるが運航所ごとに所有機があって、他の運航所で運航することは少ないのでしょうね。

ロビンソンR66(JA77AR)

東京ヘリポート到着時に不意に着陸してきて、カメラを急いでセットして撮影した機体で初撮影の機体でした。

東京ヘリポートで撮影をしました。

以前は航空マニアだった社長さんに久しぶりに会い、昔に撮った写真などを見せていただき飛行機談義に花を咲かせたのでした。
今は模型店をやめて保険の代理店を経営しており、千葉県にお住みの方で各種保険に入りたい方や相談したいことがある方は行かれてみてはどうでしょうか。
私達航空マニアの先輩ですから、昔の航空関係の事も教えてくれると思いますよ。

社長さん! 今回の訪問時も長く居座りすみませんでした。 また近くに行った時は寄らさせていただきますので、、アルバムをまた見せていただきたいし、昔の話を教えてくださいね。


当日はここで取材を終え、翌2018年7月30日は・・・

ここに千葉県船橋沖から引き揚げられた一式陸上攻撃機のプロペラを展示しています。
同時に引き揚げられたもう1基は・・・

千葉県八千代市にある元模型店のマニアホビーで、2度目の訪問です。

駐車場は他にもいっぱいあるのですが来場者が多くなんとか私は停めることができたので、土日は来場者が多いことは覚悟してくださいね。


次に行った場所は・・・

以上です。 園内に行くとまだまだ航空関係の展示品がありますので、まだ行ったことがない方は一度行ってみてはどうですか。 ゲームセンターなど楽しめる施設もいっぱいありますよ。

F-104増槽

これもどの機体に装着されていたかわからないプロペラ

ブリストル・シドレー オーフュースMK.805(T-1A用エンジン)

F-104J(76-8697)

どの機体に装着されていたかわからないプロペラ

F-15J(52-8846)

ライカミングO-435-1エンジン(H-13・ベル47・KH-4・エアロコマンダー500などのエンジン)

F-104J(56-8669)

J47-GE-27エンジン(F-86F用エンジン)

F-104Jキャノピー

プラット&ホイットニーF100-IHI-100(F-15用エンジン)2基目

ボンブリフトトラック

プラット&ホイットニーF100-IHI-100(F-15用エンジン)1基目

ここは4~5回目の訪問だと思われ、この前来たところだと思っていたので、駐車場横に置かれている機体やエンジン等だけ撮影して大慶園を後にしたのですが、今前回来た時の写真を出してみると2015年7月撮影で3年ぶりの撮影でした。
何度も来ているとどこに何があるとか覚えており、3年ぶりとは思えない感じです。
ただ写真に写っている機体やエンジン等は来るたびに展示場所が変わっており探すのが大変なのですが、今回は駐車場に主な物は置かれていたのですぐわかりました。
次に行った時も違う場所に置かれているのだろうな~。
ここに来るたびに展示品はヒコーキジャーナルでリポートしていますので、今回はあっさりリポートにしたいと思います。
でも日本や世界でもここでしか見られない展示品がありますので、あっさりリポートしますが最近ヒコーキジャーナルを見だした方は、「えっ! こんな物がここにあるの!」と思うでしょう。

千葉県市川市にある大慶園です。

貴重な機体ですので、これからも長く展示していって下さいね。


次に行った場所は・・・

説明板

えっ! 昭和56年まで飛んでいた?
私の予想は大外れですが、この機体のことではなく、他のS-62Jが昭和56年まで飛んでいたということかもわかりません。
昭和45年10月31日に最後の定期整備を行なっており、それから10年8か月定期整備を受けないで飛んでいたということはないでしょう。

もしかしたらですが、海上自衛隊S-62Jの1号機である8921号機が昭和47年12月12日に事故を起こしており、ユーカリ交通公園の機体がその8921号機のため昭和45年が最後の定期整備となり、修復後飛ばすこともなく整備訓練やシミュレーターとして使われ、昭和56年に機体番号を8922と書き換えてここに展示したというようなことは考えられないだろうか?
置かれていたとしたら下総航空基地でしょう。

8922号機の現役時代の写真を調べてみると、1981年(昭和56年)5月25日にチャーリーマイクさんが小月航空基地で退役直前の姿を撮影しています。
ただ、ユーカリ交通公園の機体のオーバーホールと書かれた銘板ですが、海上自衛隊の機体の定期整備はPARと刻まれると思うので、いつ頃からかオーバーホールと刻まれた銘板からPARと刻まれた銘板に換わって、別にPAR銘板があるのかもわかりません。
8921号機の事故がどういうものだったのか調べてもわかりませんでしたが、これらのことについてわかる方は教えてください。
まあ私の考え過ぎの結果になるでしょうけれどね(笑)。

機体銘板は撮影できませんでしたが、オーバーホール(定期整備)の銘板を撮影できました。
昭和43年3月と昭和45年10月に定期整備を行っていて約2年6か月ごとに行なっているので、予想では昭和41年に就役し、昭和48年4月頃に退役したのではないかな~?
私の予想では7年半くらいで退役しており、2回しか定期整備をしておらず、性能不足や問題があったのか、性能のいいS-61AH救難機が就役したので早期の退役をしたのかもわかりません。

コックピット

計器盤

エアインテークカバー

少し形状が違うが民間型S-62Jも下に向くようになっており、標準装備なのかな?

下に向けられるようになっているように見えるので、ランディングライト兼捜索灯かな?

尾輪

海上自衛隊S-62Jホイスト

S-62Jホイスト

補修跡

2010年以来2度目の訪問と思われ、2010年4月11日の写真を見てみると12時41分まで霞ヶ浦駐屯地祭の模様を撮影しており、13時59分にこのS-62Jの最初の写真を撮影していました。
当日はユーカリ公園に路線バスで行った記憶があるのですが、茨城県の土浦市から千葉県の松戸市までそんなに早く行けるのでしょうか?
関東方面の地理にうといのですが、土浦市と松戸市は近いのかな?

2010年4月11日撮影写真

シコルスキーS-62J(ツ-8922)

元自衛隊のジープですね。 こんな程度のいい元自衛隊のジープは貴重でしょう。

こんなレコードプレイヤーはうちにはなかったな~。 下にあるLPレコードの「ひろみ」という文字から、郷ひろみのLPレコードでしょうね。 数年前に郷ひろみの年末のディナーショーに行きましたが、60うん才ですけどかっこよかったし歌もよかったですよ。
今年もあるでしょうから、ぜひ皆様も行ってください。 高額ですけどね。

エレクトーンは金持ちの家にありましたね。 私もオルガンは習っていました。

そういえば殺虫剤はこのような噴霧器で噴霧していましたね。

再度展示館に行って、未撮影の部屋の撮影再開です。

ランチア・ミザール

世界に1台しかない車とのことです。 ランチアといえば私の世代ではランチア・ストラトスが有名です。

南極から帰ってきた「しらせ」が接岸する港に引き取りに行ったそうです。

日本南極基地観測隊氷上作業車(JARE255)

外に出て車両の撮影開始です。 これは元自衛隊のパジェロでしょう。

中原理恵さんのファンでしたが今は何をしているのだろう? 今もきれいかな?

説明板

ここにもジュークボックスがありました。

私は小松崎茂さんという方を知りませんでした。

多くの航空機模型も展示しています。

ドーリットル空襲により日本人は連戦連勝の大本営発表報道の嘘に気づいたでしょうし、日本軍部もこの戦争に負けるのではと思った幹部はいたでしょう。

後の機体ほど離艦は楽だったでしょう。

よくこの短い滑走距離でアメリカ陸軍大型爆撃機が離艦できましたね。

ヒコーキジャーナル243号に掲載した靖国神社遊就館の「翔鶴」も1/50ですので、この旅で1/50空母模型を2艦見たことになります。
なお、翔鶴はホーネットが沈没する前日にホーネット艦載機により大破させられています。

1942年(昭和17年)4月18日にこの艦を離艦したB-25が日本への初空襲を行ったドーリットル空襲が有名ですが、1942年10月27日に日本海軍空母艦載機部隊の攻撃により大破し、駆逐艦「秋雲」と「巻雲」の魚雷により南太平洋のサンタクルーズ諸島沖に沈没しました。
就役から1年と7日で沈没となりましたが、日本空母の「信濃」はほぼ完成し、横須賀から呉へ回航途中にアメリカ潜水艦により撃沈されています。

アメリカ海軍空母ホーネット模型(1/50模型)

続いて模型館に行ってみましょう。

おもちゃコーナー

石原裕次郎コーナーもあります。

これはダグラスA-1スカイレーダーのラジコン機でしょう。

O-470エンジンは各型をあまあ撮影しており、-13型も撮影しているがすべてシリンダーヘッドをすべて覆うカバーが装着されており、昭和の杜展示のシリンダーのようにロッカーアームだけをカバーするエンジンは撮影していませんでした。 O-470-13型の初期型のタイプなのかな?

T-34AのエンジンはコンチネンタルO-470-13で、T-3はライカミングIGSO-480なので、このシリンダーはT-34A用のコンチネンタルO-470-13の可能性が高いでしょう。

航空機のシリンダー(航空自衛隊初等練習機エンジン T-34AかT-3のエンジンシリンダーか? コンチネンタルエンジン)

B-767主輪タイヤ

これは映画マニア向けです。

ヒコーキジャーナルを見ていただいている航空マニアの中に車もマニアという人もいるかもわからないので掲載しておきます。

これはフォードトライモーターの模型かラジコンでしょうか。

説明板

望遠レンズで銘板を撮影しましたが、被写界深度が浅く型式はわかりませんでした。 型式がわかる方は教えてください。

コンチネンタル水平対向6気筒エンジン(元成田つくば航空専門学校教材)

展示品が多すぎて細かく紹介できません。

それでは資料館に入ってみましょう。

この機体も左翼下面に機体番号は書かれていませんでした。
これら2機の機体番号がわかる方は教えてくださいね。

富士FA-200-160(JA3486)か・・・

元成田航空専門学校の実習機ということで私の写真を調べてみると・・・

この機体も成田つくば航空専門学校から入手したと館長さんから聞いたのだが、FA-200の画像をネットで調べているとJA3803の塗装がそっくりでこれだ!と思いましたが、さらに調べてみるとまだ現役機でその後塗装を変更してまだ飛んでおり、JA3803号機ではないと思います。

富士FA-200(機体番号不明機)

現役時にはこの左翼下にJA****と機体番号が書かれていたはずだが、今は消され確認できませんでした。

この機体はパイパーPA-28-181型(JA3933)ですが主翼前縁にピトー管は無く、何かの空気取り入れ口を改修して機関砲のように見えるようにしたのではないかな?
拡大して見てみると機首部の形状が2機で違うので、展示されている機体は181型ではないと思われる。
よって、140・150・151・161型のいずれかと思われる。

んっ! こんなところにピトー管が2本あったっけ?

形状からパイパーPA-28と思われ、書かれている機体番号の23-5033は館長さんによると好きな番号を書いたそうで、この機体も成田つくば航空専門学校より入手したとのことです。

次はこの機体です。

爆弾は翼か胴体の下から装着するので、爆弾などの搬送車ではないかと思います。

シボレーM6(説明板によると爆撃機への爆弾を積み下ろす専用車とのこと)

内部がどうなっているか見てみたかったが、今は使っていないようでした。

スペースシャトルシミュレーター遊具

昭和の杜博物館の脚に戻りますが、タイヤサイズは40×14でP-3Cの主脚タイヤのサイズであるが、US-1やUS-2も同じサイズです。
サイズやタイヤのメーカーなどからアメリカ海軍のP-3Cの主脚と私は判断しましたが、専門家のご意見をお聞かせください。

八戸航空基地の名前が出てきたのでここで八戸航空基地の情報ですが、構造修理実習用で置かれていた用途廃止機のTC-90(6803)と・・・

タイヤはグッドイヤー製ですが・・・

F-1マシンでは道路が乾燥している時はこのようなスリックタイヤを使うので、滑走路が乾燥していれば問題ないのでしょう。 だが、以前東欧の戦闘機のタイヤがスリック状態なのを見たことがあり、雨天でもそんなに問題はないのかもわかりません。

右のタイヤのように、ここまですり減るまで使うの?

機種はわかりませんが・・・

次はダートエンジンの横に置かれている脚とタイヤです。

この写真は航空大学校宮崎本校で展示しているロールスロイスダートエンジンですが、説明板によると1670馬力と書いてあり、このエンジンはYS-11用ではないと思われます(型式もモデル510と書いています)。

ただロールスロイスのダートエンジンには形は似ているが色々な型があり、日本ではバイカウントやF-27フレンドシップも装備していて確証ができないが、昭和の杜博物館の館長さんと話をした時に私が「外にあるYS-11のエンジン」という言葉を発したが「違う」とは言っていなかったので、たぶんYS-11のエンジンであるロールスロイスダートMk542-10エンジンであろう。

この写真は大阪航空専門学校で撮影したYS-11エンジンと紹介されたエンジンで、ほぼ同じなので、昭和の杜博物館で展示しているエンジンはYS-11用エンジンと思われる。

ターボプロップエンジン

さあ航空関係の展示物を紹介していきますよ。

この大八車を引いている人は見たことがないな~。 関東大震災の火災の映像で、大八車に家財道具を積んで逃げる人々は見たことがあります。

私は昭和生まれですが中期から後期の生まれですので、何に使うのかわからない物もありました。

昭和時代の民具が展示されています。

まず古民具館があったので入ってみました。

入館料は休憩所・売店のある建物で支払うようになっています。

門を入ってすぐのところにモーターボートが載った受付がありますが今は使われていないようで・・・

さあ入館しましょう。

館内はこのような感じで、休憩所・売店・歴史展示館・おもちゃ館は繋がっていて、休憩所・売店の入口に入れば歴史展示館・おもちゃ館を一気に見ることができます。
ガソリンスタンドとありますが私に記憶がなく、そんなのあったかな~?

TOP

見事な富士山を見ながら大阪へ帰ったのでした。

この旅のリポート全5巻はこれで終了です。
最後まで見ていただきありがとうございました。 御意見・御希望・投稿・情報提供・写真削除要請・文削除要請・文句お待ちしております(笑)。

これは元自衛隊の救急車でしょう。 これらを撮影していると館長さんがやってきて「特別な物を見ますか?」と言っていただいたので「見ます」と答え、ある所に館長さんの車で行き見させてもらいました。
撮影はしたのですがネット掲載禁止とのことでお伝えできませんが、まだまだお宝はあるので、いつの日か展示されることを待ちましょう。

富士FA-200-160(JA3479)の可能性がありますが、まったく違う機体の可能性もあります。

富士FA-200-180(JA3653 元成田つくば航空専門学校教材機)

千葉県松戸市にある昭和の杜博物館に初めて行ってきました。
ここは金・土・日・祝日しか開館していない博物館で、航空機や部品を展示しているので行ってみたいと思っていたところようやくかないました。

◎ 2018年千葉県・東京都撮影旅行 No.4

のぞみ号に乗り・・・

ロビンソンR22Beta(JA25NF)   この機体も初撮影です。

ユーロコプターAS350B3(JA503C)  この機体も初撮影でした。

一式陸上攻撃機のプロペラは丘珠駐屯地の資料館である北翔館でも撮影していますが、私はこの3基しか撮影していませんので、どれも貴重な展示品でしょう。
木更津駐屯地と丘珠駐屯地のプロペラのスピナーの形状が違うので、どちらかあるいはどちらも他の機体のスピナーを装着しているのかもわかりません。

木更津駐屯地にあります。
以前あった航空資料館では展示していたのですが、新しく作られた航空資料館には以前行った時は展示していませんでした。
保管しているとのことですが、早期の展示再開をお願いいたします。 ただし撮影はできるようにしてくださいね。

F-104J(46-8571)

海上自衛隊のS-62Jは他に徳島航空基地で展示しているト-8926号機だけですので貴重な機体です。

同じ松戸市にあるユーカリ交通公園です。

初めて行った昭和の杜博物館でしたが楽しめました。 博物館近くには館長さん所有のモノレール車輛も展示していますので、そちらも合わせて見に行ってください。
館長さんは基本車が好きで集めていたが、その収集中に航空機も入手し展示しているとのことです。 私としては航空機の展示を増やしていただきたいので、これからも入手できれば展示をよろしくお願いします。
昭和の時代の姿を子供や孫に見せたいと思う方も行かれたらどうでしょうか。 駐車場も完備ですので、孫とのドライブのついでなんかにいいのじゃないかと思います。
2機の機体番号が分かっていませんので、ご存じの方は教えて下さいね。


次に行った場所は・・・

井戸の手押しポンプですね。 婆さんの家にあったな~。

よくボーリング場にあったが、まだ探せばどこかで稼働中だと思いますよ。

小松崎茂ワールドというコーナーもありました。

説明板

主輪が大き過ぎないか~。

いつ頃の本でしょうか。 私には読めない漢字があります。 「画」かな?

塗装は海上自衛隊の練習機であるT-5を模したと思うが違うかな?

そこで私が2012年に成田航空専門学校(2013年4月に校名を変更しています)を訪れた時に写した写真を見てみましたが、パイパーPA-28は写していませんでした。
私が訪れるすぐ前に多くの機体を手放したと言っていたので、それらの機体なのかもわかりません。
昭和の杜博物館のオープン時期を調べてみると2011年ですので、それらの機体の可能性が高いでしょう。
元成田航空専門学校の卒業生の皆さん、学校にパイパーPA-28が教材機であったことを覚えている方は、JA番号の記憶があれば教えてください。 写真もあればメールに添付して送ってくださいね。

富士重工業銘板

画像は悪いですがSERIAL Noが46というのがわかり、この機体はJA3653号機に間違いないです。

銘板

海上自衛隊のP-3Cの脚は輸入なのか国産なのか知らないが、国産であれば日本語も少しは入っているのではないかと思うがすべて英語のようです。

バードストライクでへこんだP-3Cのレドームは既に撤去されていると、八戸航空基地広報担当の隊員への電話取材で聞いています。
これらの写真は2010年に撮影したもので、長く八戸航空基地に行っていないので、資料館の展示物なども変わっているでしょうね。
このバードストライクでへこんだレドームは貴重だと思われ、処分するならJAXAで研究に使うとか、どこかの航空博物館で展示していただきたかった。

P-3Cの前脚に似ているような感じもしますがどうなのかな?

湯たんぽは今でもあるでしょうがプラスティック製でしょうね。 兄貴が火傷して、足に水膨れができていたことを思いだします。 豆炭アンカも使った記憶があります。
現代のようにエアコンなんかありませんので、寒い部屋での就寝には必需品でした。

真ん中にある竹製品は魚を獲る「もんどり」だと思われ、上の円錐形の部分をひっくり返してエサを入れて装着して川に沈め、魚がエサを求めて入れば出られないしくみの物です。
戦後もグアム島でひそんでいた横井正一さんは、自分で作って使っていましたね。

脱穀機とは稲・麦などの穀粒を穂から取る機械で、私は子供の頃に軽トラのタイヤを外してベルトをホイールに付けて脱穀機に繋ぎ、自動化した脱穀機を動かしている模様を見たことがあります。
農家の方が重労働の農業を軽減させるために考えたのでしょうね(そういう物を売っていたのかもわかりませんが)。

前号に引き続き、7月29日のリポートをお送りいたします。

テール部

航空自衛隊S-62Jホイスト   同じS-62Jのホイストでも機種が違うようです。

〇 昭和の杜博物館

2010年4月11日に撮影した同機   塗装は劣化していますが、大きな変化はありません。

八戸航空基地資料館で展示しているP-3Cのタイヤはブリジストン製ですので、もしかしたらアメリカ海軍のP-3Cの脚の可能性があります。