インターネット航空雑誌 ヒコーキジャーナル第241号

この奥にある・・・

ここで・・・

第2ターミナル展望デッキ

わかるかな? ここは羽田空港です。  さすが首都の空港で、巨大で垢抜けした空港ですね。

民間航空発祥之地碑を後にしてJR稲毛駅を経由して行った場所は・・・

航空関係の展示施設近くでよく展示している蒸気機関車ですが、この型の蒸気機関車は珍しい型かも。 調べてみると、川崎製鉄千葉製鉄所で使用されていたNUS7という蒸気機関車とのこと。

航空関係ではないが、民間航空発祥之地碑の横にある石碑。

上は翼なのでしょうがこれは何なのでしょう? 鳥?

民間航空発祥之地碑

稲毛飛行場航空写真

プロペラを加工して作った火鉢

稲毛海岸の航空に関する略年譜

左:高橋信夫機のプロペラ  右:カーチスJN機のプロペラ

文部省式1型初級滑空機(プライマリー C-5131)

ANAから提供されたYS-11プロペラ

なお、青森県の三沢航空科学館には実物大の奈良原式二号機レプリカが展示されています。

説明板

この機体は昭和62年(1987年)11月8日に記念館前の広場で滑走展示をして(実際は少し浮き上がった)、昭和63年(1988年)5月に大利根飛行場で高度200mで約10分飛行しました。

それでは個々の展示品を見ていきましょう。

説明板

説明板

説明板

説明板

この説明板にはSS-1号飛行船が初飛行したとあり、輸入したのがSS-1号飛行船で、SS-3号飛行船が横須賀・大阪間の往復飛行をして、後に爆発事故を起こしたということになると思うのだが、SS-2号飛行船やSS-4号飛行船以降もあったのでしょうか? 私ではよくわかりません。
なお、このプロペラは説明板に「SS式飛行船に使われていたものと推定されます」とありますので確定ではありません。

SS式飛行船プロペラ(推定)

ガラスに顔をくっつけるとこのように見えますが、不審者と思われるかもわからず自己責任で見てくださいね。

倉庫出入り口から入らさせていただいたので、倉庫で保管しているスペースシャトル模型なども見させてもらえました。

建物は今もあり、今後も建物をリニューアル整備して、グランピング施設の受付場所・休憩施設として活用する予定とのことで、施設改修後も鳳号の復元機はそのまま保存活用し、その他の展示物も可能な限り活用する予定とのことでした。
ところでグランピング施設とはどんな施設かわかります? 調べると、グラマラス(魅惑的な)とキャンピングを掛け合わせた造語で、テント設営や食事の準備などの煩わしさから旅行者を解放した「良い所取りの自然体験」に与えられた名称だそうで、ロッジ風の建物に泊まり、夜の食事は施設側が持ってきてくれてバーベキューをする少し自然を感じながら泊まれる施設なのでしょう。
新しい言葉はおっさんにはついてゆけません。

2018年7月27日東京駅到着後、旅行前の計画では東京ヘリポートで撮影をする予定でしたが、新木場駅をもう少し行ったら稲毛海浜駅があると幕張メッセに行った時の事を思い出し、急遽変更し千葉県千葉市美浜区にある稲毛民間航空記念館に行ってみることにしました。

◎ 2018年千葉県・東京都撮影旅行 No.1

自動販売機で缶コーヒーを売っていませんでした。 なぜ? ターミナル内の飲食店でコーヒーの売り上げが減るから?
自動販売機では缶コーヒーが定番であり、大空港でありながらなんともセコイ考え方でしょうか。 まあ他の理由かもわかりませんけどね。

こういう機体などをたくさん撮ったのですが・・・

こういう機体や・・・

へ~ 第2ターミナルにも国際線施設を作るのか。 奥ではクレーンが動いています。

民間航空発祥之地碑の横にある松の木

笹川良一氏について色々な意見があると思うが、全国の航空関係の場所を周っていると笹川氏がかかわった施設での航空機の展示をよく見かけました。 この碑も笹川氏の協力がなければ完成しなかったのでは?
私の中学生時代の先生は笹川氏への批判を私達中学生に述べていた事で笹川良一という方のことを知ったのだが、笹川良一氏の努力がなければ二式大艇が日本に帰ってくることはなかったと思います。
笹川良一氏のことを詳しく調べて知っているわけではなく崇拝しているわけでもないが、退役展示機や航空関係の施設を巡っている私としては生前航空関係の事に積極的に動いていただいた事は感謝しています。
今の政治家で航空関係の事に理解をしてくれているのは石破茂氏かな?
石破さん 国民から航空機を遠ざける空港展望デッキのフェンスを続々と作り上げている方針をどうにかしてもらえないでしょうかね~?
とうとう丘珠空港もフェンスが出来上がったそうです。
そんなに展望デッキで悪さをする日本人がいますか? そんな事案が日本で多発したのですか?
そういう考えであれば駅や線路沿い、港もフェンスを張りめぐらさなくていいのですか?
そもそもなぜ展望デッキがあるの?
いっそ某国や某国のように航空機を撮影すると逮捕という国に日本がなれば、心置きなく私も航空機撮影をやめて昔のように全国の露天風呂巡りができるのですがね~。

元稲毛民間航空記念館を出て近くのバス停でバスに乗り数分乗ると、民間航空発祥之地碑付近のバス停に到着します。

東京湾に開設した干潟飛行学校

民間航空発祥の地稲毛説明板

プロペラ部にこういう刻印らしき跡もありました。

Hs 300と刻まれており、上にはNie29?と刻まれているようです。 このプロペラの型式がわかる方は教えてください。 Hs 300からヒ式300馬力プロペラではないかと無理やり思ったがわからず。

他の方のブログを見ていっても紹介はされておらず、説明板も無いため型式不明です。

玉虫型飛行機の奥にひっそりと置かれているプロペラを発見!

説明板

千葉工商高等学校の機械科1年生が製作し平成5年に寄贈されたと書かれています。 なお、千葉工商高等学校は現在敬愛学園高等学校に校名が変更されています。

玉虫型飛行機(複製)

職員さんの勧めで、開館時は上がれなかったと思われる台の上に上がらさせていただき撮影しました。

機体番号のC-5131とはどういう意味があるのだろう? この機体が戦後飛んでいたとしたらJA0〇〇〇となるはずだが? この機体の機体番号がわかる方は教えてください。

奈良原式四号機鳳号約80%スケール(翼面積は約64%)レプリカ

これからは年に数回程度グランピング施設が開業するまで開放すればいいと思うが、掃除や職員の配置など難しい面もあるのかもわかりません。

館内はこのような感じで、閉館して4か月になるがいつでも再開できるのではと思えました.。

ペンシルロケット

おっ これは空冷のファンか? 飛行機マニアは自動車好きも多いと思うので、馬鹿なコメント書いているなと思っている人がたくさんいるかもね(汗)。
ところでスカイシップ500飛行船は日本ではJA1003号機しか登録されていませんので、JA1003号機で使用されていたエンジンでしょう。
なお、JA1003号機は昭和63年(1988年)3月5日、ホンダエアポートにて着陸復行訓練時に地面と接触し墜落大破しています。

エンジンにPORSCHEと刻まれています。 しかしポルシェ式930/01/A1/3型とは長いな~。
たぶんポルシェ911の930型の車体のエンジンだと思うが、そうだとしたら6気筒2687CCかな? ポルシェは空冷というのが私の頭にあるが、車のエンジンをあまり見たことがないがこれは空冷?
私の考えはすべて間違っているかもわからないので、あほなおっさんの独り言と思って読んでください。

エアシップ・インダストリー式スカイシップ500エンジン(ポルシェ式930/01/A1/3型)

SS式飛行船というのを知らなかったので、全国を周る私ですがSS式飛行船のプロペラを撮影したのは初めてでしょう。
SS式飛行船について調べてみると、SS式飛行船とはイギリス海軍から購入したもので、Submarine Scout-Typeを略して日本ではSS飛行船と呼んでいました。

閉館していますが、ガラス越しに鳳号などを見ることはできます。

なぜ稲毛に民間航空記念館があったかというと、以前は稲毛海岸に遠浅の干潟が広がっており、この干潟を利用して1912年(明治45年)5月に奈良原三次が日本初の民間飛行場である稲毛飛行場を作りました。
ちなみに日本最初の飛行場は所沢日本陸軍飛行場で、1911年(明治44年)に完成しています。
私の祖母がそれくらいの年に生まれているので、日本の航空の歴史はそんなに古いことはないのですね。

だが知っている方もいるかもわかりませんが稲毛民間航空記念館は今年の3月31日をもって閉館しており、特別に現在の状態を見させていだだけることになりました。

2018年7月27日から30日まで千葉県と東京都に行ってきました。
行った日にちから航空マニアの方ならわかると思うのですが、7月28日に行われる予定であった館山航空基地祭がメインで、ついでに他の場所を周ろうと思っていたのに、台風接近のため中止になったと電話で基地に聞いたのが27日の新大阪駅を出発したのぞみ号の中でした。
この旅のメインイベントが中止であればこの旅行全てを中止する選択もできたのですがすでに新幹線は東京へ向かっており、まるまる予定が空いた28日をどうするかの計画と館山のホテルのキャンセルと、当日のホテルの予約などで外の景色を楽しむ余裕がないまま東京駅に到着した感じです。
私の携帯電話はガラケーのため当日泊まるホテルの検索をすることもできず、メモ帳に書いている以前泊まったことがあるホテルに電話をかけまくり、なんとか羽田空港近くのホテルを予約できました。
28日の空いた日の潰し方はいくつかの場所が頭に浮かんだのですが住所までは把握しておらず、当日泊まったホテルにあるパソコンで検索し、なんとか4日間の旅を有意義に過ごすことができました。
残念だったのは館山航空基地の機体を撮影できなかったことで、特に退役が進んでいてあまり撮影していないUH-60Jを撮ることができなかったことが残念でなりません。
海上自衛隊のUH-60Jは近年は新しい機体は導入されておらず、UH-60J全19機中何機撮影しているか把握はしていませんが、たっぶん撮っていない機体もまあまああるでしょう。
今年は鹿屋や大村航空基地祭にも行っておらず、その間に退役は進んでしまうでしょう。
SH-60Jも撮っていかなければいけないがUH-60Jの配備基地は今年も縮小され、残り少なくなってしまったということでしょう。
数年前の報道で海上自衛隊救難隊は廃止され、海上自衛隊機の救難活動は航空自衛隊救難隊が担当すると出ていたので、その方向に向かっているのでしょうね。
となると硫黄島の救難任務も航空自衛隊が担当するのかな?
海上自衛隊が次期多用途ヘリコプターの選定をしているらしいが救難専用機ではないようなので、いつの日か海上自衛隊救難隊はなくなるかもわからないので、いまのうちに海上自衛隊UH-60Jも撮っておくことをお勧めします。
話が長くなりすみませんでした。 それでは編集を開始します。

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この2時間弱の間に東京港方面に向かうジェットフォイルを4隻見ました。 伊豆諸島方面の航路を運航しているジェットフォイルと思うのですが、当日の夜に接近する台風のために台風避難で東京港に帰ってきたのかな?
この後、羽田空港を後にしてホテルに向かい7月27日の取材を終えたのでした。

〇 民間航空発祥之地碑

稲毛民間航空記念館受付跡

紹介はしていませんが稲毛で飛んだ航空機などの当時の写真や資料が多く展示しており、閉館は残念です。 グランピング施設が完成するとこれらの展示品をまた見られると思うので、その時まで待つしかないでしょう。
もっと規模の大きい航空博物館であれば多くの航空機を展示してお客さんも多く呼べるだろうが、小さな施設だと見学者は少なく赤字となり、閉館と言う声が多く出てしまうのでしょう。
日本で稲毛が民間航空発祥の地であることを千葉県民や千葉市民でも知らない方がほとんどだと思うので、グランピング施設と共に展示品を多くの方々に見ていただける施設になっていくことを願います。

Q&Aコーナー  ビデオを流していたのかな?

文部省式1型初級滑空機を私の撮影写真で調べてみると、大阪府立布施工科高等学校で撮影していました。 あまり考えずグライダーがあるので撮影させていただいたが全国を周る私が他に撮影していないことを考えると、非常に貴重な機体だったのですね。

説明板

文部省式1型初級滑空機をウィキペディアで調べてみると1940年(昭和15年)5月に試作機が完成とあるが、1943年(昭和18年)とは何の年のことを言っているのだろう?

滑走や飛行時はセスナ150のエンジンを搭載したそうで、現在装着されているエンジンはレプリカです。

グラーフツェッペリン(D-LZ127)模型

グラフツェッペリンだと今まで思っていたのですが、説明板にグラーフと書いていたのでグラーフにしておきました。

この写真を見てみるとコンパクトに見え、本当にポルシェ911のエンジンなのかな~? 怪しくなってきました。

大正10年秋に輸入し、説明板に大正11年5月に飛行に成功したとあるが同じ大正11年5月に自然爆発事故を起こして破壊したとのネット情報もありよくわかりません。
これを基に横須賀で新しく建造したのがSS-3飛行船(海軍1号型飛行船)で大正12年6月に横須賀・大阪間の往復飛行に成功したが、大正13年3月19日に茨城県稲戸井村上空(現在の取手市)で爆発し、5名の搭乗員が亡くなりました。
この事故が日本で唯一の飛行船死亡事故とのことです。

〇 元稲毛民間航空記念館