前号のヒコーキジャーナル第235号のトップページで、2018年5月9日から24日まで行なわれたアメリカ海兵隊のF-35Bと航空自衛隊との共同訓練で、私が航空運賃が高くて撮影に行くのを断念したと書きましたが、読者の方が5月15日に日帰りで行った撮影写真を送っていただきました。
F-CK-1さんありがとうございました。
航空自衛隊のF-35Aは飛ばなかったそうですが、 約8機のF-35Bが航空自衛隊機とDACT訓練を行っていたようです。
三沢の撮影ポイントには10数名しかいなかったらしく(展望デッキにはまだいたかもしれませんが)、私と同じように航空運賃の値段に驚いて遠征をあきらめた人もいるかもわかりませんね。
私の写真と違い、きれいに写った飛ぶ戦闘機の写真をお楽しみください。

インターネット航空雑誌 ヒコーキジャーナル第236号

なかなかの大きさのフロートが膨らみます。
今回の事故でエマージェンシーフロートが膨らんだかどうかわかりませんが、洋上飛行する場合は必需品でしょうね。

2017年12月9日に私が最後に写した同機で、スキッドにエマージェンシーフロートが装備されていることがわかります。

久しぶりのいにしえの航空機写真ですが、これからも編集時間に余裕がある時は掲載していきたいと思います。

F-35B(機体番号不明)  VMFA-121(岩国基地)

那覇航空祭でよく見るおさんぽワンちゃんがここでも売っていました。

さあホテルに帰りましょう。

以上です。 防府南基地からは全ては見えず、ブルーインパルスを撮影するなら他の撮影ポイントの方がいいですよ。

来ました。 

ブルーインパルスの予行飛行を撮影ために防府天満宮にでも行こうと思っていたのですが時間がなくなり、防府北基地にできるだけ近い退役機展示場にまた来ました。

これは何だ~

移動用多重通信装置  春日基地所属

パトリオット(PAC2と3の間とのこと)   芦屋基地所属

対空機関砲(VADS-Ⅰ改)   3基共に築城基地から来たとのこと。

基地防空用地対空誘導弾

81式地対空誘導弾

にぎやかな右奥の方にに行ってみましょう。

防府南基地石碑(献身)

この付近には第1期操縦学生入隊の石碑や幹部候補生三期之碑等いくつかあるが省略します。

それでは訓練場の周りにある石碑の撮影を開始です。

既に観閲式・観閲行進・ファンシードリル・ブルーインパルスJrの走行等すべて終わっていました。

厚生センター内の食堂はいっぱいで食事をあきらめました。

やまりん(左)とぶっちー(右)  ぶっちーは中国地方の方言の「ぶち」から取った名前でしょうね。

女性宿舎の前には・・・

たまには屋外で食事をするのでしょうね。

まだ準備中ですね。

音楽演奏が行なわれる基地体育館

F-15の電子機器のパネルを開けている姿を初めて見ました。

一度だけ第1術科学校の格納庫に入ったことがあるがとても壮観でした。 もう入れることはないでしょうね。

一緒に見て周った方によると、布団はなく毛布のみとのこと。 北海道の部隊もそうなのかな?

入学後の教育で大津島現地訓練というのがありました。

一番古いアルバムは昭和43年7月(卒業かな?)の第97期生の物で、抜けている期生の物もあるようなので、いらなくなったアルバムがありましたら防府南基地に寄贈していただくと防府南基地渉外室は喜ぶと思います。

これはいいね~。

落としたのかな?

これもソリッドモデルでしょう。

この部屋は航空機の模型を置いていました。

これはレプリカではなく本物かな~? 本物だとしたら程度は良く、相当貴重な物であろう。

私の祖父も靖国神社に合祀されているのでこれはほしいな~。 靖国神社で売っているのかな?

昭和59年(1984年)5月の写真ですが退役機展示場は今の場所と違う場所にあり、形状からF-86D・F-86F・T-34Aの3機と思われます。(左のグランドの右側)

説明板

写っているシンボルマークとのこと。

この看板がなければ立入禁止の庁舎だと思ってしまいます。

正門側のエアーゲート

防府南基地は駅から遠くシャトルバスもないのでほぼみんな自家用車で入場して東門から入場するので、正門から入場する方は数パーセントくらいしかいないと思われます。

情報保全隊とは何か怪しい部隊があり、私のような人間も調査対象かもね。 まさか展示機の機体番号をネットに掲載したからといって要注意人物になっていないでしょうね~(笑)。

前脚や主脚及び扉の銘板を多く撮影しましたが、製造番号は機体番号に結びつく番号ではないうえに一貫性が無い番号なので掲載はやめておきます。
多くの機体の部品ごとの銘板を調べれば何かわかるかもわからないが、もう少し他の機体も調べなければならないし、今は時間が無いですね。
航空自衛隊機の展示機体の機体番号は疑って見ないといけないのですが、、マニアが疑わなくていいように機体番号の書き換えはやめていただきたいです。
書き換えをするように命じた人が以前はいたと思うのだが既に新しい世代の幹部が航空自衛隊をになっていると思うので、新しい幹部の方々に書き換えをした方がいいと思う方がもういなくなっていればいいと思っています。
そんなに国防上で機体番号を書き換えなければいけない理由があるのですか?
配備機数を毎年発表しているし、基地によっては退役機の機体番号までトピックスでホームページに掲載する時代になっているのですからね。

この主脚を固定する器具に機体番号が薄く書かれていて写っていると思ったが見えず、次回行った時の課題になりました。

2014年5月31日に撮影した左エアインテークカバーに・・・

右サイドは樹木が生い茂っており撮影が難しいです。 公道から見えなくしているようですが、そんなに隠したいの?

この機体はエンジンを装着したまま展示していると思います。

説明板

銘板やIRANプレートは上から塗装されているため読み取れず。 なぜこんなことをするかな~

エンジンは装着したままです。

2009年5月30日撮影写真ですが既に垂直尾翼の破損はあり、2009年からは大きな変化はありません。

T-34A(61-0391)

某場所に置かれている何型かわからない機体番号不明機も劣化していました。
よって25型・30型・40型にかかわらず、直射日光の当たり方などで劣化してしまうというのが結論となってしまいました。
でも25型・30型はすべて劣化しており、某場所の機体はもしかしたら25型か30型かもわからず、奈良基地の機体は主翼を40型の物と交換したかもわからないと思ったのだが考えすぎかな?
こういう風に横道に逸れてしまうMAVERICですので、いつまでたっても編集が進まないのですね(笑)。

さらに深く調べてみると、奈良基地展示の62-7527号機は40型にもかかわらず前面と両サイド共に劣化していて・・・

2014年5月31日撮影写真ですが、拡大して見てみると微妙に劣化が進んでいます。 黒い部分は劣化を隠すために風防の上から黒の塗料を塗ったものと思います。

F-86F境界層板

説明板

この部分の写真を探しましたが内側の部分はほとんど撮影しておらず、兵庫県のミツ精機の展示増槽に整流版?が写っている写真を見つけました。

F-104Jの増槽ですが・・・

鳥の巣発見! 私も鳥ならここに巣を作りたいな(笑)。

2014年5月31日の時点で小さな夜間注意喚起ライトが付き、現在は大きな夜間注意喚起ライトが付いています。 夜に酔って帰ってきた隊員がよく接触するのかな(笑)。

2009年5月30日の写真では簡単な防護版1枚だったのに・・・

防府南基地退役機展示場

この新人の隊員にパイロットになる方はいないが、航空自衛隊を支える一員として退官まで航空機を愛し続けて仕事を全うしてくださいね。

観閲式と観閲行進を行うため、隊員が隊舎を出発しました。

防府市の公用車  この姿で走っているそうです。

私は美空さんを応援しますが、他の2人に比べて少し気が強い感じがあるな~。

入隊隊員の父兄さんが多く来られています。

ブルーインパルスJrが準備されています。

ここが観閲式や観閲行進を行う場所です。

2018年5月30日から6月3日まで山口県に行っていて、今号では6月2日に防府南基地で行われた第64回航空自衛隊防府南基地開庁記念行事のみのリポートをお送りいたします。
5日間の模様を2018年度山口県撮影旅行という題名にして編集すると膨大な時間がかかり、編集途中で次のイベントに行って発行できなくなり流れてしまう場合が多くありますので、今回は小分けで編集したいと思います。

防府南基地は2014年以来4年ぶり3度目の訪問と思われ(デジタル写真で検索すると3度目で、フィルムカメラ時代に行っているかもわからないが)、以前行った時は自衛隊機による航過飛行や陸上自衛隊ヘリコプターの地上展示があったが今は無くなり、飛行機マニアにとってはほぼ毎年ある翌日の防府北航空祭までの時間潰しの基地祭になっており、当日は防府北航空祭の事前訓練でブルーインパルスが飛んだのでより良い撮影ポイントで撮影するため、午前中だけ防府南基地のイベントを見て午後には撮影ポイントに行った方や、朝から撮影場所の確保のために防府南基地にはまったく行かなかった航空マニアもいたのではないでしょうか。
庁舎屋上を航空自衛隊学生父兄には開放していましたので、ブルーインパルスの飛行姿がどう見えるのかわからないが、一般見学者にも開放すれば入場者も少しは増えるのではないかな?

以前は観閲式や見事な観閲行進を見たが、今年は私もブルーインパルスを基地外の撮影ポイントで撮影しようと思ったので時間がないので見ずに、基地内の展示機や資料館を撮影していました。
予定外だったのは資料館である教育参考館を見つけたことで時間を使ってしまい、基地を出る予定時間を過ぎていたので基地内からブルーインパルスを撮影しました。
以前から教育参考館があったが行っていなかったのかわからないが、警備隊員によると以前から開庁記念行事の時は開館していたとのこと。
4年前も開館していたのかな~?

TOP

2012年5月26日に東京ヘリポートで撮影した同機で、エマージェンシーフロートはまだ装備されていません。

航空事故ニュース

2018年午後3時28分ころ、航空自衛隊が航空機の遭難信号を受信し、那覇港沖北西約40Kmの海上で1名を救助しました。
墜落した機体はエクセル航空のユーロコプターAS350B3(JA350D)で、那覇空港から粟国空港に向かっていたのこと。
搭乗者はパイロット1名で、目立った外傷は無く元気とのこと。
粟国空港へは第一航空が撤退して飛行機による定期便はなくなっており、空路はヘリコプターによる輸送のみとなっていました。
墜落したヘリコプターは2001年に新規登録された機体で、近年は那覇空港を拠点にエクセル航空が運航していた機体でした。
この機体はエマージェンシーフロートを装備しており、着水時に手動あるいは自動で膨らむ物で、これによりある程度浮いていたり転覆しなかったことが乗員を救出できたのかもわかりません。

F-86D-36(84-8101)

F-86Dの1号機で、プリント写真の裏に36,8.10.というスタンプがあり、昭和36年(1961年)8月10日に浜松基地の第1術科学校で撮られた写真ではないかと思います。
F-86Dの自衛隊への供与は昭和33年(1958年)から始まったとあり、この1号機は長く整備教材となっていたのかもわかりません。
この写真を撮影された方や撮影場所をご存じの方は教えてください。

F-2B(83-7133)  第3飛行隊(三沢基地)

アメリカ海兵隊F-35Bとの日米共同訓練

ブルーインパルスJR  松島基地所属   輸送機に載せてきたのではなく、トラックに積載して来たとのこと。

私がよくうかがう航空グッズショップの「れんがはうす」ですが、最新のF-35の模型を販売開始しました。 あるしくみがあるそうで買ってからのお楽しみですので、全国の航空イベントに出店する「れんがはうす」を探して行ってみてください。 テントに「れんがはうす」と書いているはずです。

アイスクリームの自動販売機がありました。 女性はスイーツが好きな方が多いので、最低限の配慮でしょうね。

2009年5月30日撮影写真ですが、風防の劣化は見られますが黒い塗料は塗られておらず、2009年から2014年の間に塗られたことがわかります。
この劣化風防への黒塗りは他の基地の展示機で見たような気がするが思いだせません。 ここの展示機だけかもわかりませんが、他の基地でも行っていたら展示機担当の隊員の勤務基地が換わって同じことをしたのかな?
劣化風防は見た目は悪いが、風防自体への塗装はやめていただきたいです。

説明板

防府南基地石碑(男とは己の分に応じた当然の義務を最大の勇気と最善の努力をはらって完全に遂行するものをいう)

防府南基地石碑(義とは己の分をつくすことをいう)

防府南基地石碑(われらここに集いて国の悠久を?う)  ?の字は何と刻んでいるかわかる方はいませんか?

第64回航空自衛隊防府南基地開庁記念行事

海上保安庁のベル412EPがエマージェンシーフロートを膨らませた姿。

F-16CM(91-0382)  13FS(三沢基地)

三沢のF-16はまあまあ撮影していると思っていたが、この91-0382号機は未撮影でした。 三沢に近年に配備されたのかな? はたまたアメリカ軍機の写真の整理は後回しなので、まだ未整理なのかな?
投稿写真ありがとうございました。

これで2018年度防府南基地祭のリポートを終わります。

何という体型だ~?

ブルーインパルスを撮っている時に、山の上に航空灯台らしき施設を発見!

ブルーインパルスにあまり興味はなく、明日の防府北航空祭でもブルーインパルスの飛行前に引き揚げようと思っているくらいで、座ったまま適当に撮ったので画質等に文句は言わないでね(笑)。

6番機は16-5666号機で、ブルーインパルス機になって初撮影ではないかと思います。

軽装甲機動車ラブを引っぱっていました。

調べてみましたがどなたかわからずすみません。

1日基地司令を撮影させていただきました。

第1術科学校にもエンジンテスト施設があるのですね。

私が一番興味があるのは、やはり第1術科学校ですね。

ここからは各術科学校の紹介でした。

大きいが制服や作業着・帽子などを入れなくてはならず、私物は少ししか入らないでしょうね。

シーツも枕カバーもないのかな?  これは改善しないと刑務所と同じように思えます。

学生隊員の居室

この遺構を新人学生が見て何を思うのでしょうかね~?

日帰りで行くそうです。

えっ! この基地を卒業した女性隊員だけでこれだけの人数がいるの! 防衛大出身者や航空学生出身は防府南基地には来ていないだろうから、航空自衛隊だけで女性隊員は1万名以上入隊したでしょうね。 (熊谷基地でも女性隊員の教育をしていたら、もっと多い人数になります)
ここで聞いた話ですが、以前は生徒隊(と言っていたかな?)という中卒の学生も採用していたが、今の航空自衛隊にその制度はなくなら、高卒でなければ入隊できないとのこと。 だが、陸上自衛隊は中卒でもOKとのことです。

この部屋には卒業生のアルバムがありました。

これはソリッドモデルでしょうか。

木製ボタン

航空自衛隊パイロットも、有事の時は敵の中のパラシュート降下に備えて拳銃を持つのでしょうね。 函館空港にミグ25で強行着陸したベレンコ中尉は、着陸後拳銃を空に向けて撃ったと記憶しているので、ソ連軍(現ロシア軍)のパイロットは飛行時はいつも拳銃を所持しているのかもわかりません。

飛行服

防府基地の沿革

今は奈良基地にある幹部学校が以前はここにあり、浜松や小平にもあったのですね。 小平ってどこだ? 調べてみると東京にあり、現在ある陸上自衛隊の小平駐屯地に航空自衛隊幹部学校がありました。

防府基地の沿革  基地が接地された当時は南・北基地は一つの基地だったのですね。

裏側

思いをこめて建てられた石碑であり、年に1度の国民が基地内に入れる日でもあるのに見られないとは、建立した会の皆様やここで汗を流して訓練をした甲種飛行豫科練習生でお亡くなりになった方々も残念に思っているでしょう。
公開しても見に来る人は少ないだろうとは思いますが、スタンプラリー等を駆使して国民に見てもらうことも大事ではないかな。

2014年に行われた基地祭の時に、幹部隊員に同行していただき撮影しています。

防府南基地石碑(大日本帝国海軍甲種飛行豫科練習生訓練之地)

聞くとこの石碑ある場所は当日立入禁止になっている場所にあり、見学に行けないとのことであったが・・・

旧庁舎に掲げられていた航空教育隊の部隊シンボルマーク

廃止になった部隊の看板

写っている看板とのこと。

旧庁舎に掲げられていた航空教育隊司令部看板

6~7室の部屋に分かれて色々な物を展示しています。 入口に4名の名札を入れる表札入れがあるので、元は学生用宿舎だったのかもわかりません。

教育参考館は2階にあります。

右下に教育参考館巣立ちを発見! 防府南基地には3回は来ているが、資料館である教育参考館があることを初めて知りました。

右の門柱には何も書かれていない珍しいタイプの自衛隊基地・駐屯地の正門です。

一度正門を出て正門を撮影しておきました。

シャワー施設があり何に使うのか聞いたところ、訓練などで作業着が汚れたりした時に着たまま土砂を洗い流したり、水をかぶって汗を流したりしたそうです。 でも今は使っていないとのことで、昔に比べて訓練がやさしくなったのか、女性隊員が入ってきたので女性は服のまま土砂や汗を洗い流すことに抵抗があるだろうから、男女平等ということで使わなくなったのかな?
昔の軍隊のように上半身裸で声を出しながらランニングなんか今の時代は御法度でしょうね。 自衛隊も一般会社のようになっていって国を守れるのかな?

ここでの喫煙は最高でした。
自衛隊も休憩時間のみ喫煙可能とかあるのかな? 有事になっても喫煙時間が休憩時間などと決まっていて、受動喫煙のため部隊より何十m離れて吸わなければならないとか決められているかもね。
受動喫煙にはうるさいが、受動自動車排気ガスについて声高々に訴える人は聞いたことがないな~。 喫煙者は昔に比べて大きく減っているが、副流煙で肺がんになった人も大幅に減っているのですかね?

退役機展示場の横に喫煙所がありました。

防府南基地退役機展示場

説明板 

支援戦闘機という名称はもうなくなってしまいましたし、クラスター爆弾もなくなってしまいました。 F-1の最大速度はF-35と同じで、航続距離はF-35AとCで2220KmでB型は1670Kmなので航続距離は上まわっています。 本当かな~? 私の認識ではF-1は航続距離が短いと思っていたのですけどね。
F-1はフェリー時の増槽を3本装着した場合の航続距離ではないかな~?(3本装着したとしても怪しいな~)
そこで全国で展示しているF-1の説明板を見てみましたが、多くの説明板で2600Kmとなっていました。 戦後の国産第1号戦闘機なのにやるじゃん。

これは左翼にあるミサイルランチャーで製造番号が207となっており、F-1の70-8207号機に装着されていた物かもわかりませんが、こちらも製造年月が90年2月で新しく、私では70-8207号機用のミサイルランチャーとは断定できませんでした。
私を越える超マニアの方、真相を解明していってください。

ランチャー銘板とIRANプレート共に製造番号が173になっており、T-2の19-5173号機の物を装着しているのではないかと思ったのですが製造年月が90年1月となっていて新しく、航空自衛隊に19-5173号機が納入された時に装備品として納入された物ではなく、前のミサイルランチャーの交換品も19-5173号機向けとして製造番号173となるのかな~?
機体番号とはまったく関係のない製造番号なのかもわかりません。

右翼にあるミサイルランチャーですが・・・

軽く調べてみると、滋賀県の大津駐屯地で展示している90-8232号機も前部風防のみ劣化しています。

んっ! F-1の前部風防も劣化しているな~ キャノピーはどうもないので、材質が違うのでしょうね。

レドームの状態

今は蜂の巣を取り除いており、あった部分に小さな痕だけ残っています。

小さな蜂の巣があったのですが・・・

アフターバーナー部だけかもわかりませんが、たぶん装着したままでしょう。
調べたわけではないが、ジェットエンジンを装着したままの展示機は珍しいのではないかな~。

この機体は珍しくデジタルカメラ更新後の2003年11月9日に現役時代の姿を撮影しており、築城航空祭でこの機体を4枚撮っていました。
すごい流し撮りで1/90で撮っており、調べてみると前後の5枚ほどがすべて1/90ですので、流し撮りを意図したのではなく、買ったばかりのデジタルカメラで設定間違いではないかなと思います。

2009年5月30日に撮影した同機ですが、やや塗装が退色したように見え、特にレドーム上部が朱色になっています。

F-1(50-8270)

私はある場所で展示していたT-34Aの主輪を所有しています。 老後に開館予定のミニ航空博物館開館までお待ちください。 って、T-34Aの主輪なんかに皆さんは興味がないでしょうね(苦笑)。

説明板

静浜基地展示機の25型の62-7417号機も拡大して見てみると劣化していましたが・・・

小松基地展示機の25型の52-7408号機も劣化しており・・・

しかし千歳基地展示の30型の62-7415号機は劣化しており、F-86F-40型は新風防を採用して劣化がなく、F-86Fの初期型である25型と30型の機体は違う材質の風防で劣化してしまうのではないかと思いました。
そこで25型と30型の他の基地の展示機を見てみると・・・

F-86Fの写真を軽く調べてみても風防サイドに劣化している機体はほぼなく、岐阜基地展示のこの機体は何も劣化していません。

風防の劣化状態

2009年5月30日撮影写真  大きな変化はありません。

F-86F-30(52.-7403)

干し草が出ていたので鳥の巣かなと思ったのだが、同行者によると水平尾翼上に落ちた葉っぱが出ているだけではとのこと。

水平尾翼下と後部胴体にはすごい数のボルテックスジェネレーターがあります。 水平尾翼の後部はリベットを全部外しているの?

ロケットランチャーの銘板も読み取り不可。

ロケットランチャーに機体番号が書かれている機体もあるが書かれておらず・・・

キャノピー付近に機体番号は書かれていません。

2009年5月30日撮影写真  大きな変化はありません。

F-86D-31(84-8127)

こんなところに整流版(かな?)があったのですね。

2枚のプレート共に上から塗装されており、機体番号特定には至りませんでした。

ここの展示機は近寄って見られるので、前脚扉の銘板を見ることができます(扉の前の方にある四角いプレート)。 このプレートに刻まれている刻印から機体番号を特定できる場合があります。

2009年5月30日撮影写真  機体に大きな変化はなく、右後ろの建物が建て換わったくらいですね。

F-104J(46-8636)

大型扇風機

水道ホースがつながっており、ミストシャワーも出ているはずです。 これはレンタルか基地所有か聞いていないが、夏季の航空祭や隊内行事用、あるいは機体塗装の乾燥用に数基航空自衛隊で購入して入間基地などで保管しておき、イベント時に輸送機による定期便に載せて使えば効率的に使えるのではないかな~。
一基地では高額で買えないでしょう。

山口県に有名な牛のブランドがあったかな~?

本部庁舎と思われる建物の前にモニュメントがあります。

にしえの航空機写真

東門から入場して駐車し、この橋を渡って基地内に入ります。