インターネット航空雑誌 ヒコーキジャーナル第223号

私と同じように怪しい機体です(再笑)。

この機体を最後にして、道の駅かでなを後にしました。
以上で12月7日のリポートを終わります。


しかし最近になってびっくりする自衛隊のニュースが次々と報道されていますね。
まず、護衛艦「いずも」のF-35Bが離発着できるように改修するとの報道。
そんなに簡単に改修できるのか思いますし、スキージャンプ甲板にするのかなどが気になっています。
「いずも」の改修という報道ですが、そうなると当然同型艦の「かが」も改修されるはずなのに、なぜ「いずも」だけの報道なのだろう?
改修に多くの金をつぎ込み、長期の期間運用できないだろうから、新しく作ったほうが費用対効果で安くすむと思うのだが、素人考えなのかな?。
それに伴って、F-35Bの導入というのも報道されていますね。
おっ! 海上自衛隊に戦闘機部隊ができる!と思ったら、航空自衛隊に導入と報道していました。
海上自衛隊にF-35Bの戦闘部隊を作った方が運用するのに好都合だと思うのだが、これも素人考えなのでしょうね。
次が航空自衛隊に電子戦攻撃機の導入ということで、EA-18Gの導入を検討とあり、まったくの新機種であるEA-18Gを導入するかな~?
長距離巡航ミサイルや長距離対艦ミサイル、イージスアショアの導入と、ASM-3の量産開始などの報道も続いており、北朝鮮関連できな臭い状況になっていて、一刻も猶予の無い状況なのかもわかりませんね。
こういう改修や導入も大事だろうが、OH-6DとOH-1の後継機の選定や、攻撃ヘリコプターの後継機の選定の方をまずやるべきではないかな~。

RC-135U   面白い顔ですが仕事はできる私のような機体ですね(笑)。

これはUC-12Fです。

これはMC-130Jでしょう。

このP-3Cはひっきりなしに離着陸を繰り返していました。

T-4が上空を通過したのでビックリして撮影に来ていた知人に聞いたところ、機器のチェックなどで時々飛来するとのこと。
なお、この沖縄遠征でF-35Aを撮影することを楽しみにしていたのですが、午前中に飛んでいたが午後は飛ばないだろうとのことで、遠くの簡易シェルターに入っている姿を一応撮影はしたが、掲載はやめておきます。

これはC-12Jでしょう。

これはEP-3Eでしょうか。

遠くに駐機している大型機であれば、私のしょぼい機材でもエクステンダー作戦によりなんとか撮影できます。 なお、アメリカ軍機に詳しくないので、所属部隊等を調べて書くことはやめておきます。

このようになっています。



次に行った場所は・・・

横の建物から俯瞰撮影もできました。

説明板

航空局機体番号プレート  アエロスパシアル社の銘板の位置はわかりませんでした。

ラジオコールプレート

左側にあるモニターは拡大して見てみるとGPSと書いていました。 GPSがあると便利でしょうね。

AS350テールスキッドで、ヘリコプターのテールスキッド自体あるとかないとか考えたこともなかったが、簡素な作りではあるが充分重要な役目を発揮して、今までにこれがあったからこそ破損をまぬがれた機体も多いかもわかりません。

私は動物を見に来たわけではなく、右奥に小さく見えているものを見に来ました。

次に行ったのは沖縄市にある沖縄こどもの国です。 受付の方に聞くと、沖縄に動物園は数か所あるが一番大きいだろうとのことで、この門の上にいる動物はすべて飼育しているだろうとのことです。

以前も紹介しましたが、航空機の増槽を使用した船も展示しています。 私は他の場所で見たことがないので、これだけでも見る価値はあると思います。
見学を終えた後に館長さんがコーヒーを入れていただいたのですが、他の場所見る予定があり時間がなかったのですみませんとあやまり、民族資料博物館を後にしました。
国道のすぐ横にあり、名護に行く予定のある方は一度行ってみてください。 沖縄にある他の博物館より沖縄について勉強になると思います。

玉を1個1個入れる台も子供の頃に見た記憶があるので、まだ後期のパチンコ台ですね。

召集令状 別名赤紙   ご高齢の方ならこの紙を見て今でもドキッとするのではないでしょうか。 いつまでもこのような紙が届くことのない日本であってほしいですね。

DDT噴霧器  私の母親や祖母も朝鮮半島からの引き揚げ時に噴霧されたのでしょうね。

これらの爆弾類を一つ一つ調べていくと時間がかかって発行が遅れるので今回はパスしますが、戦後の爆弾ではないかな~? しかし一番右の爆弾はでかいな~。 こんな物を落とされたらひとたまりもないですね。

説明板

小禄飛行場で使われていた対空機関砲か航空機搭載機関砲かわかりませんし、本当に30ミリか怪しいのではないかと思っています。

30ミリ機関砲

これに似たバルカン砲を・・・

まずあったのがM61A1バルカン砲と思われる物で、F-104Jから外された砲ではないかと思います。

入口から入ったところはこんな感じで、太平洋戦争中の物がいくつか入手できたので、前に集めていた物と一緒に1ヶ所に集めて展示コーナーを作ったのでしょうね。

いつの日かJA4102号機が展示再開され、この札がOPENになる時があるかもわかりませんので、沖縄に行かれる方は名護市の奥にある屋我地島にあるカフェ藕花を訪れてみてくださいね。
開いていれば、セスナ機を見ながらのランチはおいしいですし、屋我地島にはきれいなビーチがあり、離島のように自然が多く残っているそうですよ。 なお、屋我地島は橋で沖縄本島とつながっています。

撤去されているとの情報をある方からいただいたので今回行ってみたのですが、藕花も開いておらず近所の経営者の知人という方に聞いてみたところ、経営者の方は内地の方で、沖縄に来た時は開店しているとのこと。
そしてJA3102号機の行方ですが、台風等により破損もしていることもあり、ある場所で保存しているそうで、いつの日か展示再開があるかもしれませんね。

藕花での最後の姿を見たのは2015年12月12日でした。

ここでは顔に似合わず2014年にセスナ機を見ながらケーキセットを食べたのですが・・・

MESHサポートのホームページを見ると沖縄の方からも寄付が続いているようなので、沖縄県民もMESHサポートによるヘリコプター医療サービスの再開を望んでいるようであり、ご協力していただける方がいましたら寄付をお願いします。
私も訪れるごとに少額でありますが寄付をしています。

ここは3回目の訪問と思われ、MESHサポートの職員さんがおられ、現在の状況等を聞くことができました。

沖縄で出会った知人の友人である沖縄在住の方より情報を得て、現在の姿を撮影することができました。 ありがとうございました。 81-5345号機らしき機体も確認しています。
場所については、所有者御家族の御意向により伏せておきます。
私としてはスクラップにならず「ホッとしておりますが、これからどうなるかわからない状況のようです。
なお、81-5349号機の後部の81-5382号機の垂直尾翼については確認できませんでしたし、オードナンスにあったJ3-IHI-7CエンジンやT-33Aの増槽についても所在を確認できませんでした。
ご存じの方は教えてくださいね。

これらの2機はどこに行ったのか?

2015年には屋外に置かれていたのですが、今回行くとなくなっていました。

屋内にあったT-33A(81-5345)は・・・

2015年に行くとT-33A(81-5349 後部は81-5382)と店舗は撤去され、最後の撤去工事中でした。

シミュレーターとして使うために搬入されたという話も聞きましたが、今後どうなるのでしょうね。 それと、ビーチクラフトB24Rシエラ200(JA3694)がどうなったかわからず、ご存じの方は教えてください。


次に行った場所は・・・

機内に雨が入ってしまうので、機内の劣化が心配です。

今も航空関係の垂れ幕があるので所有者は航空関係の会社の物なのかな~? だとしたら伊江島の主翼等と組み合わせていただき、展示していただきたいです。

JA5320号機の現役時代の姿は、2005年12月12日に那覇空港で撮影していました。

ブリテン・ノーマン社の社章でしょうか。

このようになっていました。

今号では、沖縄滞在3日目の2017年12月7日撮影写真をお送りいたします。
当日は那覇空港から離れて、沖縄本島の航空関係の撮影に向かうことにしました。
まず向かった場所は・・・

今、私のアルバムソフトで調べてみると、金城よろず屋に置かれていたバルカン砲の横に、この30ミリ機関砲と称する砲に似ている砲身がありました。
この2基の砲身が民族資料博物館に移ったと思われるが、詳細はわかりません。

◎ 2017年沖縄県撮影旅行 No.3

KC-135R

UC-35D

KC-135R

これはMC-130Hかな?

セスナ172P(N98811)で嘉手納エアロクラブ所属機と思われ、機体にZZ85-359と書かれているそうです。
遠くて皆様であれば撮影をしないでしょうが、私にとっては充分大事で貴重な写真です。

F-15は数機ですが撮影できました。

P-8Aですね。

ここは嘉手納基地撮影初心者マニアの私にとっては最高の撮影ポイントです。

修学旅行生とマニアでいっぱいです。 ここには報道カメラマン専用の撮影場所と椅子とテーブルがあり、常時大手テレビ局系のカメラマンが待機しているようです。

道の駅かでなです。 屋上の展望デッキには、望遠レンズで航空機を狙っている方々が見えます。

左のラダーペダルは固定されて動かないようにしているのではないかな~。

コレクティブレバーにスロットルがありませんね。 現代のヘリコプターのほとんどにスロットルはないのかな?
奥の赤いレバーにローターブレーキと書いてあり、着陸後早くローターブレードを止めるときに使うのでしょう。 他のレバーは何に使うのかわかりません。

ラダーペダル以外の操縦装置は機長席にしかありません。

ピトー管が下を向いており、機体の形状から前を向いているより空気の流れは早くなるのではないかな~? それも勘案して速度等を計算して表示するのかな? 前を向いていると何か不都合な事があるのかな?

これは何でしょう? ウィンドウォッシャー液が出るところかなと思ったがワイパーががありません。 ヘリコプターは低速で飛ぶこともあるのに、ワイパーが無くて大丈夫なの? 強力ガラコみたいなのを塗っているのかな(笑)。

エンジンは装着されていないと思います。

AS350の展示機は初めて見たと思われ、近づいて見たこともないので貴重な機会でした。

アエロスパシアルAS350B(JA6034)  1990年12月20日新規登録、2014年10月16日抹消登録。

沖縄こどもの国はこんなに大きいですが、私が受付から入ったのは約40歩くらいのところにあります。 なお、40歩でも入場料は必要です。

パチンコ台もありました。

南沙織のレコードもありました。 私は北海道に初めて行っても感動はなかったが、沖縄に初めて行った時はすごく感動したので先祖は南国から流れてきたと思っており、小学生の頃に沖縄から来た南国風の女子転校生に恋をいだいたことがあります。
でも今は純和風の女性が好みですけどね(笑)。

レコードも多く展示しています。

4分の3は名前がわかるが、全く知らない名前もあります。

昔懐かしいブロマイドも展示していました。

説明板  んっ! この写真はなんだ? 金城よろず屋に行く前の写真か?

ネットに出ている九六式25ミリ高角機銃の写真を調べてみると全て海外で撮影されたものであり、私も見たことはないと思われ、多少ネットに出ている九六式25ミリ高角機銃とは細かな部分で違うがほぼ似ており、これは本物の九六式25ミリ高角機銃と私は思います。
九六式25ミリ高角機銃だとしたら日本に残っているのはこれ1基だと思われ、国立科学博物館に展示されてもおかしくないと思います。
クッソー 金城よろず屋にある時に買っておけばよかった!
まあ高額であっただろうし、銃刀法の申請などもしないといけないかもわからないので買えなかったでしょうね。
旧日本軍の兵器マニアの方は見に行かれてはどうですか。
なお、ネットに出ている海外展示の九六式25ミリ高角機銃は全て屋外展示であり、状態は民族資料博物館の物が一番だと思います。

この写真は金城よろず屋にあった2連装機銃ですが、まったく同じ物ですね。 これで民族資料博物館で新しく展示を始めた機関砲や機銃は金城よろず屋から移って来た物の確率が高まり、断定してもいいのではないかと思います。

九六式25ミリ高角機銃   んっ!

奥にはこのような新しい展示物があります。

どう見ても30ミリ砲弾ではないですね。 これもアメリカ製と言っていたと思うのだが、この砲の機種をご存じの方は教えてください。。

説明板  この砲は太平洋戦争中の物と民族資料博物館館長さんが言っていましたので、戦後の物ですよとは伝えておきました。

金城よろずやにはもう1基バルカン砲砲身がありましたので、この砲がどこに行ったのか気になります。

糸満市にあった金城よろずやで見ており、砲身先端にある銀色の部品がそっくりであり、この砲が民族資料博物館に来たのでしょう。 なお、台座は民族資料博物館館長さんが作ったと言っていました。

以前に行った2014年にはありませんでした。

新しく太平洋戦争資料コーナーを作っていました。

次に行ったのは、名護市にある民族資料博物館です。
民族資料博物館については以前リポートしているので深くリポートしませんが・・・

機体がなくなっていました。

セスナ172P(JA4102)  1989年12月12日に新規登録され、2013年11月19日に抹消登録されています。

次に行ったところは名護市の屋我地島にあるカフェ藕花(ぐうげ)で、2014年に行った時はこのように展示されていました。

格納庫内も見させていただきましたが、がらんどうでした。

以前は第一航空が運航していたが、現在は栃木県にある高橋ヘリコプターサービスという会社が運航しているそうです。

以前行った2回共ヘリコプターが駐機していたのですが今回はおらず、聞くとMESHサポートによるヘリコプター医療サービスは現在運航しておらず、機体は整備のため内地(沖縄では沖縄以外の都道府県を内地と呼ぶようです)に行っているとのこと。

次に行った場所は、名護市にあるMESHヘリポートです。

T-33A(81-5349 後部は81-5382)と共にどこかに行ってしまいました。

今回行くと背の高い樹木(樹木名わからず)以外何もなくなっており、奥に焼肉屋ができていました。

名護市にあったオードナンスで、2014年に行った時はこのようにT-33Aを展示していたのですが・・・

エアードルフィン社は1989年に設立され那覇空港を拠点に運航を行っていたが、親会社の自己破産により2009年11月にエアードルフィン社も自己破産となりました。
機材は、ブリテン・ノーマンBN-2B-20 アイランダーが3機(JA5281・JA5306・JA5320)と、セスナ525A(JA525C)・ビーチクラフトC90A(JA21EG)・アエロスパシアルAS350B3(JA100B)の6機でした。

2014年に撮影した同機ですが、外観に変化はないようです。

ブリテン・ノーマンBN-2B-20 アイランダー(JA5320)

元エアードルフィンが運航していた機体で、現在でも抹消登録されていませんが、もう飛ぶことはないでしょう。
主翼等は伊江島で保管されているとのことをある方から聞いています。

この場所に建物を建てるようで基礎工事は終わっており、今号を発行する頃には建物が出来上がっているかもわかりません。

JA3694号機が撤去され、JA5320号機のみ置かれており、イタズラ防止のためかコンテナの上に置かれていました。

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P-8A

JA6034号機の現役時代の写真は、2013年12月14日に那覇空港で迫力ある飛行姿を撮影していました(笑)。

この機体は八尾空港で頻繁に撮影していた機体で、最後に撮影したのが抹消登録17日前の2013年11月2日でした。

2014年12月15日に行った沖縄県内のある場所で、当時は見えているようにビーチクラフトB24Rシエラ200(JA3694)と、見えてはいませんが奥にブリテン・ノーマンBN-2B-20(JA5320)の2機が置かれていました。
ここに3年ぶりに行ってみると・・・