2017年6月17日から静岡県にある富士急ハイランドで展示していた日本海軍水上偵察機「瑞雲」原寸大模型の写真を提供していただきました。
これは「艦これ鎮守府瑞雲祭りin富士急ハイランド泊地」というイベントのために制作された模型で、全長10m、全幅14m、高さ5mとネットに掲載されていました。
最近大戦機のレプリカを作る方が多く、12月2日・3日も群馬県の太田市民会館で「疾風」の前部胴体を展示したそうです。
「疾風」を撮影した方がいましたら写真を提供していただきたいし、瑞雲模型が展示後どうなっているのか気になりますので、ご存じの方は教えてください。

このお札も苫小牧市科学センターで展示しているL-13ブラニク(JA2227)のお札と同じく、東京都台東区にある飛不動尊のお札でした。 
一度行ってみて、私もお札やお守りを買いたいな~。

AH-1S(73446)  第4対戦車ヘリコプター隊(木更津駐屯地)   ※一番前の機体

インターネット航空雑誌 ヒコーキジャーナル第219号

1995年5月3日から5日まで龍ヶ崎飛行場で行われた「レッドバロンエアーショー」の時に撮影した零戦52型(61-120)の写真を提供していただきました。
私はこの機体が飛んでいる時を生で見たことはなく、置かれているところだけしか見たことがありません。
1995年頃は全国の露天風呂巡りに力を入れていた頃であり(笑)、龍ヶ崎に行く資金や気力がなかったのかもわかりませんね。
まだアメリカで飛んでいるようなので、再度日本で飛行する時があれば見てみたいですね。

撮影日は2017年8月23日で、撮影・提供者はN.Uさんです。 N.Uさんありがとうございました。
このイベントを私は知らず、8月27日に河口湖に行っているのに行っていませんでした(当日に展示していたかどうか知りませんが)。
製作には相当な資金と労力がかかったはずで、今はどうなっているのだろう?。

東京駅から帰る時にいつも買うにぎり寿司と焼き鳥を買い、ビールを飲みながらなにわの街へへ帰っていったのでした(寿司が片寄っているな~)。 

さようなら~

エアバス・ヘリコプターズEC225LP(JA71KT)  所有者:東京消防庁  定置場:東京ヘリポート 愛称:こうのとり7号

遠くにAH-1Sを見ながら、CH-47J(52918)及びCH-47JA(52985)は体験搭乗飛行を行っています。

搭乗員が手を振ってくれています。 後席がパイロットだったと思うのだが、前席でも操縦できたかな? AH-1S射撃手のシミュレーターを操作したことがあるが忘れてしまいました。

AH-64DやOH-1を少数機しか配備せず、AH-1SとOH-6Dの後継機はどうするのでしょうね?
韓国で36機、台湾で30機の日本のAH-64Dより最新型のAH-64Eを配備・配備予定なのに、日本はAH-64Dを13機のみの配備です(今何かあっても実働できるのは6~7機じゃないかな)。
対戦車ヘリコプターは今の時代は不要という声もありますが、それではなぜアメリカ軍に大量に配備されているのでしょうか?
強襲揚陸艦にも海兵隊機が配備されていて、島が占拠された場合の揚陸作戦には有効ではないだろうか?
オスプレイやCH-47JAなどで自衛隊員により奪還作戦を行なう場合、武装ヘリなしで上陸しろと言うのかな?
私は戦争・紛争がおこらないための抑止力としても必要だと思っております。

AH-64D(74504)  航空学校霞ヶ浦校(霞ヶ浦駐屯地)

OH-1(32620)  東部方面ヘリコプター隊(立川駐屯地)  いつから運用再開になるのでしょうね。

エアバス・ヘリコプターズEC225LP(JA62HC)  所有者:東京消防庁  定置場:東京ヘリポート 愛称:はくちょう6号

川崎BK117C-2(JA21RH)  所有者:宇宙航空研究開発機構  定置場:調布飛行場

石碑3基についても2年前に報じていると思うのでスルー。

セスナ195(JA3069)がいつ頃か忘れましたがヤフーオークションに出品されているのを発見し、当時は大変驚きました。
機体全部のオークションではなく、一部のオークションだった記憶があります。 この機体は以前大阪にあるPL教団敷地内に展示していた機体で、私は一緒に展示していたデハビランドヘロン(JA6154)が芝生広場で展示していた記憶があるのですが、JA3069が展示していた記憶はなく、数年前にPL教団を訪ねJA3069号機について何か情報がないか聞きに行ったのですが、聞いた古くからいたという職員さんも飛行機を展示していた記憶がないとのことで、資料も残っていないとの回答でした。
なぜ自衛隊施設で民間機が展示されることになったのかはわからず、そしてなぜこの機体が立川駐屯地から撤去となったのかもわかりません。
セスナ195は日本に7機登録され、今残っているのは成田他空港横にある航空科学博物館で展示しているJA3007号機だけになったと思われ、とても残念に思います。

昭和19年頃撮影の立川飛行場付近の航空写真ですが・・・

これらも1基づつ紹介しているはずなのでスルーします。

これらも1基づつ紹介しているはずなのでスルーします。

日本陸軍百式重爆撃機「呑龍」(キ49)機体破片

呑龍の部品を私は増槽しか撮影していませんので(本物かどうかは?ですが、説明板にはそう書いている)、貴重な機体破片と思われる。

まずはエンジン展示室に行きましたが、4基のエンジンは以前と変わっていないようで2年前と4年前に既にリポートはしているはずなので、今号ではスルーします。

体育館で行われている祝賀会になぜか私は呼ばれなかったので(笑)、横を通り・・・

私が41720号機を最後に撮影したのは2008年10月25日に八尾駐屯地祭でで、2010年10月3日に八尾駐屯地で落着し用途廃止になったと思われる。

中曽根康弘元総理大臣の書と・・・

東部方面航空隊や第1飛行隊の本部庁舎です。

電動アシストキャリアカーでした。 でも飛行機という会社名を残していただいていることは嬉しく、いつの日か航空機を製造する会社になってもらえればもっと嬉しいです。
零式輸送機の部品や製造機器などは残っていないかな~? 石碑などでもいいので、残っているなら見せていただきたいな~。

立川駐屯地祭は防災航空祭なので、救急車や消防車や・・・

天候が回復してくるとエプロンに人が出てきました。

これは何を意図しての塗装なのかな?

天候は急速に回復してきました。

2015年度の立川駐屯地祭の時は格納庫内に置かれていました。

消火完了! 帰還していきました。

放水開始!

東京消防庁ヘリコプターも到着。

ヘリコプターによる消火部隊も出動!

放水開始!

火災が発生し、消防隊が到着。

機体に松本零士さんのサインがありました。

この機体は立飛の機体と同じ場所で常時展示しているそうです。

ソーラープレーンSP-1(JX0148)

この機体は2004年9月12日に初めて撮影してから何度も撮影していますがすべて第1飛行隊所属で、機体の状態がいいのかIRANに入った後も第1飛行隊が戻してくれと言っているのかな(そんな事ができるのかどうかわからないが)?

UH-1J(41891)  第1飛行隊(立川駐屯地)

整備作業はこのような事が行なわれます。 ANA整備士でもわかるのかな?

この部品は後部座席にのところから外したのかな?

OH-6Dのテールローターブレードを外している状態を見た方は少ないと思うので掲載します。

次は整備中と思われるOH-6DとUH-1Jです。

UH-Xの模型は2016年10月に行われた国際航空宇宙展でも展示されていたが、エンジン排気口やテール部が違い、設計変更されたのでしょうね。

現在日本でも運航しているベル412EPIの発展型で、既に試作機はほぼ形になっているとのことで、来年には初飛行できるだろうとのこと。

UH-Xの模型を展示していました。

この機体は2015年10月11日に行われた木更津駐屯地祭で展示された機体で、各パネルを開け展示していました。

OH-1(32637)  第4対戦車ヘリコプター隊(木更津駐屯地)

その後、2013年11月10日に行われた立川駐屯地祭で撮影した時には、東部方面航空野整備隊所属になっていました。

OH-6D(31172)  東部方面航空野整備隊(立川駐屯地)   退役機で、整備訓練用の機体です。

説明板①

立飛R-HM(JA3094)

駐屯地内に着陸したのですがこの機体は41873号機で、今号の初めに紹介した機体でした。 駐屯地司令の登場にヘリコプターを使う駐屯地祭が他にもあるが、駐屯地内から飛んできて降ろすのがほとんどです。
一種のセレモニーの演出ですね。

着陸して駐屯地司令を降ろしたと思います。

すぐに離陸し・・・

これはフィルターが曇ったまま撮影したのでしょう。 フィルターはきっちり閉めていても、湿気は入ってくるのですね。

ここで滑走路を挟んで向こう側にある基地から、東京消防庁機と・・・

OH-1(32620)  東部方面ヘリコプター隊(立川駐屯地)

説明板

この機体は多くのイベントで展示機としてよく見る機体で、多く撮影しています。

パイパーPA-46-310P(JA4030)  所有者:エンゼル  定置場:ホンダエアポート

説明板

格納庫内にこういう物が置かれており・・・

格納庫の中では演奏会が行なわれていました。

この機体は2016年4月10日に行われた高遊原分屯地祭以来の撮影で、当時は第3対戦車ヘリコプター隊所属でした。 最近転属したのでしょうか。

AH-1S(73480)  第4対戦車ヘリコプター隊(木更津駐屯地)   ※一番右の機体

この機体は2016年度の木更津駐屯地祭の時に撮影していますが、ド逆光での撮影でした。

写真でわかるかわかりませんがまあまあの雨が降っており、レンズに装着のプロテクトフィルターに付く水滴はティッシュで拭いての撮影だったのだがプロテクトフィルターの内側が曇ってしまい、プロテクトフィルターを撮影する前に外して曇りが消えてからまた装着してすぐ撮れば問題はないのだが、いちいち外す・装着するを繰り返していれば撮影できないので、プロテクトフィルターが曇ったまま撮影した写真が多いです。
そこで・・・

私のアルバムソフトでこの機体を検索すると、2008年度の木更津駐屯地祭で撮影して以来の撮影なので8年ぶりとなるが、2008年度以降も木更津駐屯地祭に数回行っているので、アルバムソフトへの入力がまだの可能性があります。
私が何年ぶりの撮影していても、アルバムソフトへの入力がまだなので写真が出てこない可能性があることをお伝えしておきます。

1機を紹介するのにこれだけの枚数を掲載していくと大変な編集作業になるので、これからは枚数を少なくしていこうと今は思っているがさてどうなるかな。

この機体は2005年3月25日に霞目駐屯地で撮影して以来の撮影で、12年ぶりに撮影できました。 1機1機撮影していこうと思うと全国に行かなければならず、苦労と費用で大変です。
まともな人生を送りたいなら絶対に真似しないでね(笑)。

UH-1J(41873)  東部方面ヘリコプター隊(立川駐屯地)

ここで1機1機の機体を撮っておきたいと思っているまれな若い自衛隊機マニアの方々に教えたいのですが、オープニング飛行が終わると撮影できない場所に駐機したり自隊の駐屯地に帰る機体があるので、オープニング飛行の前にも1機1機撮影しておきましょう。

以前はアメリカ軍基地で、大型の輸送機等が離発着していたので当時は滑走路は長かっただろうし、敷地もさらに大きかったのでしょうね。
アメリカ軍管轄時代、入間基地はジョンソン基地だったのは知っているが、立川や横田は何基地だったのでしょうね?
調べてみると横田は横田基地、立川は立川基地でした。 そうなると、なぜ入間だけジョンソン基地だったの?
ウィキペディアでさらに調べてみると、接収直後に亡くなったジェラルド・R・ジョンソン陸軍中佐を偲んでジョンソン基地と命名したとのこと。
編集中に調べたりするから編集時間が長くなってしまうのでしょうね。 でも少しは役に立つでしょ?

以前は正門を入ったところに退役展示機を展示していたのですが、今は装甲車1両しか展示していません。

のんびり正門を撮影していたら行列はなくなっていました。

あれっ! 立川駐屯地には東部方面航空隊とはまったく別の第1師団傘下の第1飛行隊も駐屯しているのに、東部方面航空隊の看板はあっても第1飛行隊の看板はないのですね。
まあ正門には2つの看板しか掲げられないので、組織が大きく広範囲を管轄する東部方面航空隊の看板だけ掲げているのでしょう。

以前行った時は多くの左翼らしき団体の方々が正門前でスピーカーなどで戦争反対などを訴えていたのですが、今年はいませんでした。

9時からのところ8時30分前に正門に到着したのですが、既に開門していました。

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◎ 日本海軍水上偵察機「瑞雲」原寸大模型

セスナ195(JA3069)                                  2015年9月19日撮影写真

よく見ると滑走路に方位番号・着陸位置表示・楯横の中心線等が書かれており、本当に昭和19年頃撮影なの?
戦中の滑走路について詳しくないので断言はできないが、戦後の写真ではないの?
昭和19年頃はこういう施設がこの場所にあったということなのかな~?

私の写真を調べてみると落着事故の翌日に現場を取材しており、テントを建てて機体を見えなくしていました。

UH-1Jとの外観の大きな違いは、エンジンが双発化され、メインローターブレードが4枚になったことです。

祝日の朝の立川駅ですが、帰りにここを通った時は大阪の中心駅である大阪駅や難波駅以上と思えるくらい人がいっぱいでした。
東京駅から電車で50分乗った場所にある駅なのに、付近は高いビルだらけで驚きです。
大阪中心部から50分も電車に乗れば、田畑が広がる無人駅でしょうね。 さすが日本の首都東京です!

◎ 2017年東京撮影旅行 No.1

美しい! 今日本で飛んでいる22型(A1-112)と共にこれからも長く飛び続けていただきたいです。
なお、A1-112号機はアメリカ製エンジンですが、この61-120号機は零戦オリジナルの栄三一型型甲エンジンです。
ところで私はゼロエンタープライズ・ジャパンの零戦22型をA1-112としていますがAI-112としているブログがありどちらなのだろう?
ゼロエンタープライズ・ジャパンの零戦里帰りプロジェクトのサイトを見ても書いていないようです。
どちらかわかる方は教えてください。
これらの写真は1995年5月3日撮影で、撮影及び提供者はN.Uさんです。
皆様もアルバムやスライドとして保管している写真で、これは貴重だと思う写真があれば提供お願いします。
ブログサイトやホームページを持っていない方は、自分の写真を人に見せる楽しみを味わえるかもわかりません。
私も初めて航空雑誌のJ WingsとAIRLINEに自分が写した写真が掲載された時は嬉しかった記憶があります。
フィルムとプリント写真はどんどん劣化していきますので、複合プリンターを持っていればスキャンしてヒコーキジャーナルまでメールで送ってくださいね。
ただし、航空雑誌は図書券や掲載雑誌を送ってもらえますが、ヒコーキジャーナルからはMAVERICの感謝のテレパシーを送るだけなのでご了承を(笑)。

それでは私は避寒地に行ってきます。 米韓合同軍事演習が始まりますしどのような事態が起こるかわかりませんが、無事に帰れることを祈っています。
皆様方も避寒地に行かれる方がいると思いますので、お互い飲み過ぎと共に注意しましょうね(笑)。

私のアルバムソフトで「瑞雲」を検索してみると、三菱重工業小牧南工場史料館で撮影した金星50号エンジンの写真がヒットしました。
この説明板も次の展示場所で展示してもらえるかな?

次の日は仕事のためこのCH-47JAを最後に撮影して、2年前はなかった駐屯地内発立川駅行のバスに乗り家路につきました。

AH-64Dの帰還

東京消防庁の展示している機体とは別の機体がちょうど飛行訓練をしていました(笑)。

さようなら~

AH-1S(73480)  第4対戦車ヘリコプター隊(木更津駐屯地)

8月に第4対戦車ヘリコプター隊のAH-1Sが東富士演習場で落着しましたが、機体番号がわかる方は教えてください。

UH-1J(41864)  東部方面ヘリコプター隊(立川駐屯地)

日本でのJA登録機最大の機体で、陸上自衛隊・海上保安庁・東京消防庁しか保有していません。
ところで、最近警視庁がエアバス・ヘリコプターズH215という型式の機体を発注していたので神戸空港空の日イベントの時にエアバス・ヘリコプターズ社員さんに聞いたところ、H215はAS332のことで、警視庁発注機はエンジンがデジタル制御された従来のAS332の発展型の機体とのこと。
AS332はL・L1・L2などの型式があったが、最新機はH215で枝アルファベット・番号はないのかな?
それとH225もAS332の発展型だが、H215もエンジンが換装され違いが少なくなってきていると思うが、廉価版と高価版としてこれからも2機種として売っていくのでしょうね。

エプロンに戻り、急激に回復した天候の下で展示されていたUH-1H(41714)をパチリ。
遠くで警察機や消防機が展示されていることがわかります。

オークションの結果がどうなったのか知りませんが、この機体が現在どうなったのかご存じの方は教えていただきたいし、所有者の方が見ていたら現在の状況の取材の許可をよろしくお願いします。

2017年10月8日撮影写真

固定翼機の展示は2機となっています。

このように3機並んで展示されていたのですが・・・

今回行ってみるとセスナ195がなくなっていました。

史料館の裏にある退役機展示場は、2015年9月19日に訪れた時はUH-1H・OH-6D・LR-1・L-19E-2・セスナ195の5機が展示されていたのですが・・・

HU-1Bと表示しているので、相当古くから展示しているのでしょう。 

OH-6メーンローター断部   メインローターブレードの根元の部分でしょうね。

史料館です。

立川駐屯地の・・・

祝賀会用の喫煙所を発見し、「ラッキー」と思いながらタバコを一服して向かった場所は・・・

今回の防災航空祭のポスターも貼られていました。

UH-1H(41720)の絵画がありました。

北宇都宮駐屯地の旧本部庁舎玄関にはL-5のプロペラやOH-6Dの銘板を展示していたので、他の駐屯地でも本部庁舎の玄関の展示物を見るようにしているのだが、模型や楯等しかないようです。 が・・・

今も航空機用のギャレー・コンテナ・カートなども製造しているそうですが、展示していたのは・・・

昭和飛行機工業という会社が何かを展示していました。
職員に聞いてみると、戦前・戦中に日本で作ったDC-3(零式輸送機)は全て昭和飛行機工業が製造したそうで、今も製造した建物は残っているそうです。
会社は横田基地近くにあるそうで、場所は戦前から変わっておらず、戦後にアメリカ軍が横田基地を使うために爆撃しなかったので、昭和飛行機工業は空襲を受けなかったとその職員の方は言っていました。
横田基地について調べてみると多摩陸軍飛行場という名称で、実戦部隊ではなく、各種航空機の審査をする部隊がいたようです。

87式偵察警戒車も展示しています。
防災に銃口付の偵察警戒車が必要かどうかわかりませんが(笑)、災害時の偵察は大事ですもんね。

パトカーや・・・

2013年度の立川駐屯地祭の時は、トレーラーに搭載されての展示でした。

UH-1H(41714)  東部方面航空野整備隊(立川駐屯地)

ヘリ部隊が進入してきました。

偵察部隊のバイクが走り出し、行事が始まったようです。

格納庫から出てみると雨はやみ、空が明るくなってきました。

説明板

この格納庫ではソーラー飛行機も展示していました。

遠くから望遠レンズで防衛庁銘板とIRANプレートを撮影しました。
IRANは約5年後とに実施しており、平成30年後半頃まで飛べそうですね。

エンジンからのドライブシャフトが後部座席後ろを通っていることがこの写真でわかります。 筒は太い釣竿くらいの径ですね。

この機体は大阪の信太山駐屯地で展示している31148号機ですが、う~ん わからん。

メインローターブレードを外している姿も珍しいかな。 先端部にある小さな金具にブレードを装着するのだろうけど、よく破断しないね~・

私が31283号機を前回撮影したのが、2014年4月21日に行われた徳島航空基地祭でした。

OH-6D(31283)  所属部隊不明

説明板

計器盤はグラスコックピットになるが機体はUH-1Jとほぼ変わりがないので、UH-1Jが使用していたホイストや機内右後部に装着する増槽などはそのまま使えるだろうとのこと。
ただ、機体移動用の車輪についてはわからないとのことで、地雷散布装置については聞くのを忘れてしまいました。
ベル412ではメインローターブレードを折り畳むことはできないと思うが、自衛隊仕様機は折り畳むことができ、畳んだ状態ではUH-1Jと駐機場所の占有面積は変わらないとのこと。
まだ設計段階かなっと思っていたのに、既に1号機が形になっていることに驚いています。 UH-1Jは1機も墜落していないと思うので、新しいUH-Xも安全で信頼のある機体に作りあげて下さい。
ところで名称はどうなるのかな~? UH-1Kかな?

テール部がこのような形状になっており、聞くとこのような形状になるとのこと。

その後、2009年5月17日に関東補給処で保管されている姿を撮影しており(少ししか写っていませんが、左から4機目の機体)・・・

この機体の現役時代最後に写したのは2007年2月28日に八尾駐屯地で撮影しており、当時は中部方面ヘリコプター隊所属でした。

格納庫の奥にOH-1とOH-6Dが置かれていました。

説明板②

操縦桿は左右2つありますが・・・

説明板②

説明板①

この2機は2014年4月18日に立飛の工場内で撮影して以来なので3年半ぶりの撮影となりました。

立飛が復元した機体を展示していました。

立飛グループイメージキャラクターのタッピくんとタッピちゃんです。
立飛は「タチヒ」と読み、前身は立川飛行機株式会社で、終戦までは日本陸軍の航空機を製造していた会社で、戦後も航空機の開発を行っていました。

E格納庫の見学です。

その後離陸し・・・

次に陸上自衛隊のUH-1Jが飛来し・・・

自隊の基地に帰っていきました。 オープニング飛行が中止となったので、マニアとしては嬉しい飛行でした。

警視庁機が自衛隊側エプロンに飛んできました。

先日行われた神戸空港空の日イベントでも展示していました。 神戸空港空の日イベントのリポートは途中で終わっていますが、既にイベントでの展示機を3機紹介しており、神戸空港空の日イベントのネタが少なくなってしまうな~。 まあ飛んでしまうかもわからないので、一部紹介できただけでもいいですけどね。

この機体は、2017年11月5日に行われた神戸空港空の日イベントでこのような写真を撮影できただけの機体でした。

調布飛行場が土・日・祝日飛行できないのか、昨日の平日に飛来し、明日の平日に帰るとのこと。
調布飛行場の個人所有機を大島空港に定置場を換えてもらうとの報道があったと思うのだが、東京都は調布飛行場を廃港にしようと思っているのでしょうか? 個人機を大島空港に置いておき、飛行するのにわざわざ大島空港に行けと言っているのでしょうね。
戦後から日本のゼネラルアビエーションの中心地であった調布飛行場をどうしようとしているのか?
今の運用制限でも何を考えているのかわからないし、事故があればどこでも運用制限するの?
都道で車の死亡事故があれば走行車制限をして、ナンバープレートの下一桁が偶数の車両は偶数日にしか走れないとか、東京ヘリポートや立川飛行場で死亡事故があれば、東京消防庁や警視庁の航空隊も大島空港を拠点にしないとだめでしょうね。
羽田空港でも死亡航空機事故が以前あったので、都は国に羽田空港の廃港を呼びかけないのですか?
飛行機を身近な物にしておくことで子供たちが見に来て興味を持ち、空の仕事に就いてもらえると思うのだが、こんな都の考えであれば日本の航空に未来はないですね。
日本はパイロット不足でAIR DOが大量欠航となっているのだが、都にはそんなこと関係ないとお考えなのでしょう。
日本はアニメ作家を志望する人だけ増えて、外国人のパイロットだらけの国へとなっていくでしょう。

川崎BK117C-2(JA21RH)  所有者:宇宙航空研究開発機構  定置場:調布飛行場

おっ! JAXAのBK117を展示しているぞ!

各機飛び始めたので1機1機撮影しましたのが、これらの機体紹介も省略します。 オープニング飛行が雨のために中止になり、場所移動をしたのでしょう。

塗装されたクーラーボックスが大量に保管されていました。 夏季には必需品でしょうね。

緊急展開用ヘリパッドとありました。 御巣鷹山の事故の時などに、整地した後に敷いて着陸できるようにするのでしょうね。

機体は2機あり、1機は飛行機でいう垂直尾翼(ヘリコプターでの名称知らず)が外されています。 右の機体は32630号機とわかりました。

おっ 奥にOH-1が置かれているぞ。

エプロン地区に到着しましたが、近くの格納庫の扉が開いていたので一時退散です。 この雨の中、セレモニーやオープニング飛行撮影のため場所取りをしている方々がいて尊敬します。 航空機マニアであればこれくらいの覚悟で撮影に行かなければならないだろうが、私には無理でした。

この写真はなんとか機体番号がわかった写真ですが、こんなに大きく撮影していても雨粒により機体番号が確認できないくらいの雨でした。

エプロンに向かう途中に多くのUH-1Jがオープニング飛行のため駐機しており、これらも1機1機撮影していったのですが、この頃が一番雨が強く機体番号を確認できないくらいの写真が大量に出来上がり、これらの機体紹介はパスします。

次はAH-1Sです。

9時になり動きだしました。 もう既にズボンの下の方はびちゃびちゃです。

あれっ 止められたぞ! 開催時間より早く開門したが、駐屯地中心部に入れるのは開催時間どうりなのでしょうね。 前の列との間に隙間があるのは、航空機の離発着がある場合を考えて、滑走路の先の部分は空けているのでしょう。

立川駐屯地はエプロン地区までだいぶ歩かなければなりません。 20年後は歩けるかな~?

2泊3日分の荷物の検査を受けるため、他の近隣から来たカメラバッグ一つの方より検査の時間がかかってしまいます。

ふむふむ。

たぶん2年ぶりの立川航空祭だと思います。

2017年11月21日から23日まで東京に行ってきました。
メインは23日に行われた立川航空祭で、今号では立川航空祭のみリポートしますが、もしかして編集できる時間がありましたら21日・22日のリポートもできるかもわかりませんので、一応「2017年東京撮影旅行 No.1」としておきました。
本棚を見ていただければわかると思うのですが、夏に行った210号・211号で北海道撮影旅行となっていますが、メインイベントの千歳航空祭のリポートができないままNo.2で終わっていますし、217号の神戸空港空の日イベントのリポートもNo.1だけリポートしていてすべてをリポートできずになっています。
東京撮影旅行もNo.1で終わるかもわかりませんが、その時は御了承ください。
まあリポートできなくても写真は残りますので、今後の編集の時に必要になった時に使いたいと思います。
今回の旅で4463枚を撮影していて(連写なし)、23日撮影の1935枚から選びだして編集を開始します。
大量の写真から選びだしてもスナップカメラマンなので、芸術性のある写真を見たい方は他の方のブログを見てくださいね(苦笑)。

◎ 日本海軍零式艦上戦闘機「零戦」52型飛行写真

アグスタAW139(JA16MP)  使用者:警視庁航空隊  定置場:東京都立川市  愛称:おおとり6号

飛行後展示されたもので、展示後すぐは近くで見れたと思うが、私が行った時は帰還のため機体から離れた場所にロープが張られ、遠くからしか見られなくなっていました。

ラダーペダルは左側(機長側)にしかありませんでした。

立飛R-53(JA3070)

AH-1S(73463)  第4対戦車ヘリコプター隊(木更津駐屯地)   ※真ん中の機体

〇 平成29年度立川防災航空祭

これがD-NET端末機器(災害救援航空機情報共有ネットワーク)で、全国の消防・防災ヘリコプターに搭載されているそうです。
D-NETに詳しくないので調べてみると、「災害時に救援航空機と対策本部等の間で必要な情報を共有化し、最適な運航管理を行うことにより、救援ミッション遂行時の無駄時間や救援機同士の異常接近を減らすこと等によって、効率性と安全性を向上することを目的」とありました。
自衛隊機や警察機にはまだ未搭載と言っていたと思うので(間違っていたらすみません)、どれだけ有効かわかりませんが、有効であれば装備していっていただきたいです。

ホームページ作成ソフトにあるワンタッチ修正ボタンをチェックするとまだ見やすい写真になるので、あまりにも見にくい写真であれば使って編集したいと思いますが、私にも意地がありますので、多くは原画で勝負します(笑)。