岐阜基地石碑(三術校記念)

三術校とは第3術科学校のことと思うのだが現在第3術科学校は福岡県の芦屋基地にあり調べてみると、昭和34年6月に岐阜基地で新設され、昭和36年3月に芦屋基地に移駐しています。
よって、第3術科学校は岐阜基地で誕生したことがわかりました。

プレートを剥がしたような跡がありましたが、銘板はリベットで止めるはずなので、これは銘板跡ではないでしょう。
見る限りでは機体銘板を見つけることはできませんでした

2017年8月26日、岐阜基地南地区にある岐阜基地広報館の見学会がありましたので行ってきました。
岐阜航空祭時は広報館が開館しておらず、見学申請しての見学は2人以上での見学しか受け付けてもらえないため私は入館したことがなく、見学会に応募して当選し、初めて見学することができました。
これでほぼ全国の主要航空自衛隊基地の広報施設を見学したと思うのですが、百里基地の広報施設だけがまだ見学できていません。
百里基地も個人での見学はできず、ネットで調べてみると航空ヘルメットと写真と模型程度しか展示はないようで千歳基地並みの施設ですが、展示品を充実していただき、個人でも見学できるようにしていただきたいと思います。

知覧へ搬送する時の写真。 と数枚見たところで「広報館の見学会は終了」と聞こえたので、「第二補給処五十年史」の閲覧は数分で終わってしまい、他の本も見ることはできませんでした。
岐阜基地で大量に保管していたF-104のことなど色々調べたかったが、調べることはできませんでした。
部隊や基地のことが書かれた記念誌は出版されても一般人が購入することができず、以前ある航空祭で隊員が運営する出店でその基地の記念誌(古本)を購入したことがあるが、その1冊しか持っていません。
元自衛隊員の方でいらない航空基地や航空部隊の記念誌があれば連絡よろしくお願いします。
安くしていただけるのであれば購入します。

広報館の見学は終了したのですが・・・

インターネット航空雑誌 ヒコーキジャーナル第213号

2017年9月16日と17日に行われた横田基地日米友好祭2017に行かれたN.Uさんから写真を送っていただきました。
昨今の情勢及び台風の影響か展示機体が少なく、予定にあったB-1Bの飛来もなかったそうです。
しかし16日は暑くもなく寒くもなく気候は快適だったそうで、航空機撮影を早々に終えて、ピザや七面鳥とビールを飲みながらアメリカ気分を満喫して帰られた方も多いかもわかりませんね。
今回の目玉はグローバルホークかもしれないと書かれており、世界で行われる航空祭でグローバルホークを展示するところは少ないと思われ、充分目玉展示でしょう。
16日八王子で展示飛行したブルーインパルスがフライパスしたとのことで、ビールを飲んでのんびりしていた人たちは、カメラをセットするのにあわてたでしょうね(笑)。
N.Uさん 写真投稿ありがとうございました。

当日最後に行った場所はここですが、わざとピントが外れた写真を掲載しておきます。 退役機マニアであれば場所がわかると思いますが、さてここのリポートは発行できるかな?

撮影して次に行った場所は・・・

航空祭時は少し離れた前からしか見られませんが、今回の見学会では前後左右から近づいて見ることができました。

零式三座水上偵察機(零式水上偵察機)です。

岐阜基地石碑(御天禮記念)

退役機展示場の横には石碑が数基あるので、石碑も撮影。

T-33A(51-5663)

富士重工業銘板

T-34A(61-0406)

説明板   展示機の新人さんなので、他機より多く写真を貼り付けました。

FS-T2改(59-5107)

この機体は第二補給処の格納庫内で保存されていたが、2017年2月20日に退役機展示場に搬送され屋外展示となりました。

F-104J(36-8540)

なぜか見てくれと言わんばかりに3冊の本がテーブルに置かれていました。

航空雑誌の蔵書は私も購読している航空ファンとJWingsです。 送ってもらっているのか買っているのか知りませんが、航空情報誌は送れば自衛隊員が見てくれますよ。
ヒコーキジャーナルはパソコンかスマホがあれば見れますので、自衛隊員の方もどんどん見てくださいね。
自衛隊員の感想を聞いてみたいが今までメールは来たことがないと思われ、ヒコーキジャーナルなんかにメールを送ることも禁止されているのかもわかりませんね。

最後に図書室らしき部屋がありました。

今年閉館前に行った時は、車軸が外されて展示していました。

飛龍の尾輪タイヤも三菱重工業小牧南工場史料館にあるだけですが、閉館してしまいました。

説明板にタイヤチューブと書いていたのでタイヤチューブとしましたが、これはタイヤですね。 タイヤチューブとはタイヤの中に入っているチューブの事だと私は認識しているのだが私の認識違い?

陸軍四式重爆撃機(飛龍 キ67)タイヤチューブ

プロペラとタイヤを展示していました。

また違う展示室に行くと・・・

岐阜基地管制塔の歴史について紹介しています。

航空祭等での展示ではミサイルの形状を見ることはできず、ミサイルの形状模型を見たい方は岐阜基地広報館へGO!

千歳航空祭ではダミーですがPAC-3ミサイルを見ることができる年もありますので、国民を某国の弾道ミサイルから守るPAC-3ミサイルの形状を見たい方は千歳航空祭へGO!

ペトリオットシステム模型

ここは川崎重工業(川崎航空機?)エプロンと思うのですが、P-2J?やT-33A、C-130、その他機種不明機が駐機しています。
航空自衛隊のC-130はまだ導入前なので、アメリカ軍のC-130でしょうね。

ここは川崎重工業(川崎航空機?)エプロンではなく岐阜基地エプロンだと思うのですが、F-86(たぶんD型)やT-33A、T-34Aらしき機体が駐機しています。

将校用防弾胸当(防弾チョッキ)

将校が私物で作成し使用したとあり、こういう物を配布していれば助かった搭乗員もいたでしょうね。

機関砲弾及び説明板

ホ103(日本陸軍の航空機搭載12.7mm機関砲)

旧日本軍の航空計器や無線機等で1基ずつ撮影していますが、1基ずつ掲載しても見る人は少なく飛ばされるでしょうから掲載はやめておきます(苦笑)。
撮影しておけばいつか日の目を見る時が来る時もあるかもわからないので、展示物はできるだけ1基ずつ撮影しておきましょう。

左 : F-104J射出座席 右 : F-15射出座席(ACES-Ⅱ)

F-104J計器盤   この計器盤にもラジオコールプレートはありませんでした。

説明板もありませんでしたが、本体に品名が書かれており、実物のロケットターゲットとしかわかりませんでした。
実際に採用されて使われた物なのかご存じの方は教えてくださいね。

全国の自衛隊資料館や航空博物館に行っている私ですが、この2基は初めて見たと思います。

続いて貴重な展示物と思われる物がこれです。

J79-GE-11A(F-104用エンジン)

ゼネラルエレクトリックJ47-GE-27(F-86F用エンジン)

F-86F(72-7723)前部胴体

趣のある建物です。

入口には「軍」と刻まれた石柱(境界標識?)と、この建物屋根にあったと思われる旧日本陸軍のシンボルマークの「☆」が描かれている鬼瓦が置かれていました。

三沢基地は備考欄に書くのではなく、アメリカ軍併設でも順位1番で書くべきなのでは?
なお、前写真の隊員数のところに面積とあるのは、この表を使って複写し書き直したため変更し忘れたのだな。
書類作成時のあるあるミスですね(笑)。

航空自衛隊で多くある2700m滑走路で、県警航空隊と防災航空隊の格納庫位置を初めて知りました。 川崎重工業の工場が書かれておらず、情報保全隊という組織が気になり、私が編集しているような自衛隊関係のブログにも目を光らせているのかもわかりませんね。

岐阜基地は部隊が多いわけでもないのに、4番目に隊員が多い基地となっています。 どの部隊に隊員が多く配置されているのだろう?
なお、隊員数のところが面積となっているので、修正が必要ですね。

えっ! 零戦は各務原飛行場で初飛行したの!
調べてみると、三菱重工業大江工場から牛車に載せて約48Km運ばれて各務原飛行場で初飛行したとあり、1939年当時は名古屋に飛行場がなかったとも書かれていました。
1939年当時、三菱大江工場と中島飛行機太田工場が国内最大級の航空機生産施設であったが、共に飛行場は併設されていなかったそうです。
飛行場がないのに、国内最大級の航空機生産施設であったことは現代では考えられないですね。
なお、小牧飛行場はいつ建設されたのかを調べてみると、戦中の1944年でした。

2015年10月25日に撮影した写真ですが、内容的にはほぼ変わっていませんが、大正9年頃から頃がなくなっており、大正9年建設とわかったのでしょうね。

2015年10月25日に撮影した写真ですが、建物に変化はないが広報館の看板が換わっています。

広報館の横には殉職者慰霊碑があるのですが、団体行動で移動しなければならず近づいてゆっくり撮影することはできないので・・・

〇 岐阜基地広報館

横田基地上空をフライパスする第11飛行隊(松島基地)のブルーインパルス6機編隊。

皆様も投稿よろしくね。

RQ-4Bブロック40 グローバルホーク (09-2037)   第9偵察航空団(ビール空軍基地:カリフォルニア)

ネットで調べるとこの機体をブロック30とするサイトとブロック40とするサイトがありました。 アメリカ軍機にうといので、詳しい方は教えてください。

近くにある岐阜基地石碑(飛行第一聯隊跡)を・・・

零式三座水上偵察機は鹿児島県にある万世特攻平和祈念館しか残っておらず、貴重な機体です。

機内

裏側

御天禮について調べてみましたがわかりませんでした。

岐阜基地石碑(少年飛行兵 岐阜陸軍航空整備学校跡)

C-46D(91-1141)

T-34Aは移動させられていました。

なお、FS-T2改が新たに展示された場所は以前T-34Aを展示していた場所で・・・ (2015年撮影写真)

主脚扉銘板には製造番号007と刻まれています。

毎年航空祭に行けば見られるので嬉しいが、機体の劣化は早まるでしょうね。 2機しか改修されていないFS-T2改でこの機体しか残っていないと思われ、大変貴重な機体です。

この写真は2010年10月24日に行われた岐阜航空祭の時に撮影した写真ですが、毎回ではないがたまに航空祭の時に南地区で展示する時もありました。

機体番号の書き換えを確証するための各部品の銘板撮影を忘れていました。

F-86F-40(92-7897と思われる機体で、62-7427と機体番号を書き換えた機体)

広報館を出ると退役機展示場の見学です。

こういう光景はよく見ているのですが、銃の名称は知りませんでした。

説明板の文と写真から陸兵が使用する機関銃で航空機には関係がないと判断して掲載を見送っていたのですが、調べてみるとアメリカの航空機に多く搭載されていたし、日本でもホ103はブローニングM2重機関銃系統の砲だということもわかりました。
戦後も日本でライセンス生産されるほど優秀な機関銃で、今でも海上自衛隊の艦船に搭載されており、陸上自衛隊のヘリコプターに搭載する12.7mm機関銃もこの機関銃のようです。

ブローニングM2重機関銃の掲載を忘れていたので、ここで掲載しておきます。

塗装がグリーン系になったのは松本零士氏の発案だったのですね。

そこでまずこの本を開いてみました。

説明板

これは主輪タイヤだと思うのだが、私は飛龍の主輪タイヤを撮影したのは初めてだと思われ、貴重な展示物だと思います。

製造番号212の方は鉄枠があり、形状も少し違うので、乙式一型プロペラといってもまったく同じではないのですね。

説明板を見ると手前が乙式一型プロペラ 製造番号522(陸軍砲兵工廠熱田製造所製)で、奥が乙式一型プロペラ 製造番号212(日本楽器會製)で、共に乙式一型プロペラであるが製造者が違います。

搭乗するパイロットが登るラダーが専用品ではなく基地内にあった鉄枠を使った感じがするが、これもT-33用ラダーなのかな~?

初代管制塔は、以前の松島基地や調布飛行場のように格納庫上にあったのですね。 初代管制塔の貴重な写真ですが、手前に写る航空自衛隊T-33A1号機も貴重な写真です。

基地防空用SAMミサイルの形状も見ることができます。 スパローやAAM-4に似ているな~。

千歳航空祭ではPAC-2ミサイルを見ることができる年もあります。 PAC-2よりPAC-3ミサイルの方が細いということがわかります。

これがPAC-3ミサイルの形状ですが、どんな形状か見た人はほぼいないのでは?

岐阜基地航空写真(昭和41年頃)

隣の部屋に向かう通路には、浜松広報館で展示している零戦52型甲(43-188)の復元までの写真を展示していました。

これが本物の鬼瓦でしょう。

次は超音速SSRT-Aロケットターゲット(標的)ですが、ネットを調べてもほぼヒットせず、詳細な情報はわかりませんでした。

まずXAAM-2-Aについて調べてみると、AIM-4Dファルコンミサイルを航空自衛隊が導入しようとしたがアメリカが輸出を許可しなかったので、1970年にF-4EJ搭載用空対空ミサイルとして研究が開始され、AIM-4Dファルコンと比べると性能的には上まわったが、コスト的な事とアメリカがAIM-4Dファルコンミサイルの輸出の許可を出したため、1975年に開発中止となりました。
アメリカは日本が研究・開発していない物を輸出を許可しない傾向があるように思え、F-22の導入発表する前に先進技術実証機「X-2」を飛行させていれば、F-22を導入できたかもわかりませんね。
なお、航空自衛隊で採用されたAIM-4Dファルコンミサイルも見たことがないと思われ、どこか展示している施設があれば教えてください。
浜松広報館にあったかな~?

XAAM-2-A対空ミサイル(国産AAM-2対空ミサイル)と、超音速SSRT-Aロケットターゲット(標的)です。

機体銘板を探してみましたが・・・

たぶんここにラジオコールプレートがあったと思われるが、外されていました。

この鬼瓦はレプリカで、本物は館内で展示していると言っていたと思います。

広報館の見学開始です。

元は陸軍各務原飛行場だったのですね。

まずは隣にある建物で、岐阜基地概略の説明です。

2015年10月25日に撮影した写真ですが、建物の説明板が換わり、玄関前に植えていた樹木がなくなっています。 樹木は大部分が枯れており、見栄えが悪いので撤去したのでしょうね。

今回は広報館がリニューアルしたことによる見学会だったので、中には入ったことがなかったが外観は以前撮影していますので、以前の姿も併せて掲載していきます。

広報館がある場所は、航空祭時に南地区から北地区に向かうバスが発着するところです。

2010年に撮影した写真を掲載しておきます。

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〇 横田基地日米友好祭2017

私は明日行く場所のご主人さんへと、あることに必要なためスマートフォンを借りた(航空マニアであれば理由はわかりますよね : 笑 )同僚への土産を買って、岐阜基地正門を出て解散となりました。

岐阜基地厚生センターです。 ここは航空祭時に行けるのかどうかわかりませんが、私は初めて行きました。

こんなに近くで撮影きたのはこれが最初で最後かもわかりません。 隊員によるとどこか引き取ってもらえるところを探しているそうですが、この状態であれば他の基地も引き取ることはないと思え、河口湖自動車博物館で修復用に引き取ってもらうしかないのではないでしょうか。
河口湖自動車博物館館長の原田さん、引き取って復元してもらえませんかね~。

退役機展示場を離れ、次に向かった場所は・・・

岐阜基地で展示していた頃の飛燕の写真ですね。 それと昭和44年(1969年)12月から昭和61年(1986年)1月までは岐阜基地で保管されていたのですね。 それなら1983年に岐阜基地で行われた国際航空宇宙ショーで飛燕は展示したのかな~? 写した記憶はないが、その頃は貧乏だったので、フィルムを節約したのかな?

F-15J全機写真集があるのにはびっくり。 誰かが寄贈したのかな~?
私も数冊全機写真集を購入しましたが、最近は発行がないように思います。 マイナーなKV-107やUH-1BやH、LR-1やC-1など他の機種の全機写真集を発行していただきたいです。

別室展示場

説明板

このエンジンはJ79-GE-11Aと説明板に書かれており、F-104J/DJの多くが使用した日本でライセンス生産されたJ79-IHI-11Aとは違い、アメリカのゼネラルエレクトリックで生産されたエンジンではないかと思うのだが、エンジンの銘板を見ればいいのだが撮影しておらず、説明板の書き間違いの可能性もあります。
F-104Jの3号機までは完成までアメリカで製造され輸入されたので、その機体に装着されて輸入された可能性もあるので、岐阜基地広報館の見学に行く機会がある方は、エンジンの銘板の撮影をよろしくお願いします。
このエンジンがJ79-GE-11Aであるならば、大変貴重なエンジンであるだろう。

岐阜基地正門