〇 父島に飛行場設置を検討


東京都と小笠原村は、父島に飛行場を設置する検討を進めることを決めました。
場所は北部の洲崎地区で、1200mの滑走路を予定しているとのことです。
父島にはUS-1やUS-2用のすべりがあり、緊急時は海上自衛隊の飛行艇が来島することができましたが、完成すれば定期便を就航させたいとのことで、50人乗り程度のプロペラ機で、2時間半で都心と結ぶことを予定しているとのこと。
1200mの滑走路で運用でき、約50人乗りの航空機とはどの機種なのだろう? RAC仕様のDHC-8-400かAMXやJACが使用しているATR-42-600あたりでしょうね。
調べてみるとATR-42-600Sという機種は800mの滑走路で運航可能とのことで、DHC-8-400でも就航できそうですね。
ただ、そんなに需要がある路線とは思えず、東京や国からの補助金がなければ就航する会社がないのではないかと思われ、八丈島経由で搭乗者を増やすなどしなければならないのではないかと思っています。
でも就航すれば観光客が増えるし、父島・母島にお住みの方々も便利になるでしょうね。

2017年5月21日、茨城県土浦市にある陸上自衛隊霞ヶ浦駐屯地で行われた霞ヶ浦駐屯地祭に行ってきました。
ここ数年毎年霞ヶ浦駐屯地祭に行っていますが、毎年天候はよく、今年も晴天の中、駐屯地祭が行なわれました。
毎年変わり映えの無い霞ヶ浦駐屯地祭ですが、今年は数年ぶりにある場所が公開され、私としては大阪から行くのに不便な場所にもかかわらず満足できる駐屯地祭でした。
霞ヶ浦駐屯地祭のリポートはほぼ毎年掲載しているので、今号は簡素化編集でお送りしたいと思いますがさてどうなるのか。
それでは編集を開始します。

退役時は第12ヘリコプター隊(相馬原駐屯地)だったようです。

正門前で並んでいた方やシャトルバス乗車者は記念式典をいい場所で見ようと式典会場に向かうのですが、私は退役展示場に1番乗りして人のいない退役機展示場の姿を撮ろうと思ったのだが・・・  もう人がいます。
なぜだ? 私は一番バスで、正門入場者よりも早く退役機展示場に着いたのに、事前に入場できる人がいるのか?
たぶん招待者や隊員家族は早く入場できるのでしょうね。 暑い中走ったのに少しがっかり!

次は広報センターのリポートです。

インターネット航空雑誌 ヒコーキジャーナル第209号

AH-1S(73469)  第4対戦車ヘリコプター隊(木更津駐屯地)

73417号機を最後に撮影したのは2014年11月12日に行われた八尾駐屯地祭事前訓練の時で(前の機体)、後を飛んでいるのが関東補給処で一緒に余生を過ごしている73422号機です。
一緒に飛んでいた僚機が、まさか遠い茨城県の格納庫で余生を過ごすとは思ってもいなかったでしょう。 たとえれば、三重県の会社で同僚だった方と、茨城県の老人ホームに入所したら再会したようなものです。
余生も同じ格納庫で仲良くしていってくださいね。
こんなにAH-1Sが退役していっているが、日本の対戦車ヘリコプター隊はどうなってしまうのでしょうね。

この写真は2014年5月25日に行われた福知山駐屯地祭の時に撮影した着陸する同機で、土や雪で視界ゼロになるとホワイトアウトのような状態になってしまうことがわかる写真です。

この日はAH-1Sのヘルメットを展示していました。 F-35のヘルメットは1基数千万円すると何かに書いていたと思うが、このヘルメットでも百万円以上はしそうな感じがします。 国を守るにはお金がかかりますね。

2004年10月17日に八尾駐屯地で撮影した同機。

このプレートはどこに行ったのでしょうね。

左側の看板は航空自衛隊霞ヶ浦分屯基地になっています。

ナイキJ弾頭部?

おっ!

置いていた場所は仕切りを立てて、部屋が作られていました。

まずは1階で展示している桜花11型(1-18)模型です。

次は広報センター前にある展示物の撮影ですが、簡素化編集のため飛行船ツェッペリン伯号飛来跡記念碑のみ紹介します。

本部庁舎前に到着し、霞ヶ浦駐屯地祭の1日が始まりました。 しかし私のお目当ての飛行場地区の開放は相当後なので、時間つぶしが大変です。
飛行場地区を午前中に開放してしまうと、本部地区で行われる記念式典を見に来る人が少なくなってしまうから後で開放するのだと私は予想しているのですが、招待者は観覧席から見られるが、一般人は記念式典を見る場所はあまりなく、入場者が皆見ているのではないので私の予想は間違っているのかな?
できれば朝から飛行場地区の開放をよろしくお願いします。

〇 霞ヶ浦駐屯地開設64周年・関東補給処創立19周年記念行事

広島航空基地に配備されていたレシプロ単発機のJA3790号機

海上保安学校宮城分校正門

現在日本が保有するヘリコプター空母「いせ」   自衛隊艦船名は護衛艦です。

天草エアラインズのATR-42-600(JA01AM)

霞ヶ浦駐屯地飛行場地区のメイン道路を撮影して霞ヶ浦駐屯地を後にしました。 簡素化で編集する予定でしたが、なかなかのボリュームとなってしまったことをお詫びいたします。

霞ヶ浦駐屯地からユナイテッド航空のジャンボ機(N107UA)を撮影できました。 ユナイテッド航空のB-747は6月14日をもって日本路線の定期運航を終了しました。
私がユナイテットのB-747を初撮影したのはたぶん伊丹空港で、パンナム機の塗装の残ったB-747SPだったのではないかと思います。
アメリカ機といえばパンナムかノースウエストオリエント航空のB-747しか撮影していなかったので、当時はユナイテッド機を撮影できて嬉しかった記憶があります。

2005年5月14日に行われた霞ヶ浦駐屯地祭の時に撮影した同機で、この機体は何度も撮影していますがほとんど航空学校霞ヶ浦校(SK)所属で、霞ヶ浦駐屯地祭に行ったことのない方は52921号機を撮影していない方が多いのではないでしょうか。

CH-47J(52922)  第104飛行隊(木更津駐屯地)   体験搭乗に使用されていました。

この機体は2010年4月11日に行われた霞ヶ浦駐屯地祭でしか撮影しておらず、2度目の撮影でした。 なお、当時は航空学校霞ヶ浦校所属で、久しぶりに霞ヶ浦駐屯地に帰ってきたのではないでしょうか。

UH-60JA(43118)  航空学校霞ヶ浦校(霞ヶ浦駐屯地)   この1機のみ展示していました。

この機体はエンジンが1基外されています。


次は航空学校の格納庫での展示機です。

OH-1(32616)  航空学校霞ヶ浦校(霞ヶ浦駐屯地)

やっと航空雑誌でもOH-1が飛行停止中と報道されてきました。 和歌山でOH-1が不時着水後に飛行停止となりましたが飛行再開し、その後また問題が出て飛行停止中です。
全国でOH-1が飛んでいないことに気づいていたのですが陸上自衛隊からの発表や報道がまったくなく、伝えることを控えていました。
でもネットで調べてみても自衛隊からの飛行停止中との発表は未だにないようです(発表する必要がないと判断しているのか、私が探せだせないだけかもわかりませんが)。
できれば飛行停止中の理由を陸上自衛隊が発表するか、航空雑誌で取り上げて詳細を書いていただきたいです(原因は薄々知っていますが)。

OH-1整備訓練機材

横から見られないので機体番号がわからず、機首にある2桁の番号から予想すると、左から31171号機・31207号機・31199号機だと思います。

OH整備訓練用の退役したOH-6Dが3機置かれています。

OH格納庫

誘導弾(ミサイル)展示

UH-1J(41844)  航空学校霞ヶ浦校(霞ヶ浦駐屯地)   ホイスト救出展示

来年以降も関東補給処の格納庫開放をお願いしますね。 できればLR-1やAS332が保管されている格納庫も見られるようにお願いします。



飛行展示を簡素化で紹介します。

自衛隊機はすべて5500飛行時間で退役するとネットか何かで見たように思うのだが、ヘリコプターや飛行機など機種に関係なく関係なく、陸海空自衛隊機すべてがそうなのかな?
ご存じの方は教えてください。

この機体は現役時代の姿を1度しか撮影していませんでした。 2014年9月6日に行われた横田基地日米友好祭2014の時に撮影した、この時も第12ヘリコプター隊所属の同機。

よく見ると白い迷彩部分が少し残っています。

この機体も某航空雑誌に掲載されていた機体で、退役前は冬季迷彩を施された機体だったが、冬季迷彩を落とされて関東補給処で退役となりました。

CH-47J(52913)

格納庫内にメインロ-ターブレードが置かれており、たぶんAH-1Sのメインロ-ターブレードでしょうね。

2010年5月30日に行なわれた高遊原分屯地祭の時に撮影した第8飛行隊所属時の)同機。
この機体は私が昔作っていた資料によると、少なくとも1998年から2007年までは第5対戦車ヘリコプター隊所属であったのに、2003年からは2回しか撮影していませんでした。
2003年からデジタル化した写真でまだ3分の1は写真の整理が終わっていないと思うので、写真の整理をしていないから写真が出てこないからかもわかりませんが、第5対戦車ヘリコプター隊所属が長い割にあまりにも少ない回数です。
死ぬまでにフィルム写真のスキャンとデジタル写真の写真の整理ができればいいのだが、さてどうなるでしょうね。
その前にデジタル写真のデータがふっとんだり、家が全焼してフィルムやプリント写真が灰になる可能性もあり、この趣味も一瞬にしてすべてが無くなる可能性があるのだから、皆様も注意してくださいね。

2004年10月17日に八尾駐屯地で撮影した第5対戦車ヘリコプター隊所属時の)同機。

OH-6D(31277)

TOWや70mmロケット弾を展示するのは珍しいです。

この写真は、2013年10月5日に行われた八尾駐屯地祭祭の時に撮影した同機です。

この写真は2013年9月28日に徳島航空基地祭の時に撮影した同機ですが、20mm機関砲弾庫は荷物入れに最適なようです。

この機体は少なくとも2002年から第5対戦車ヘリコプター隊(明野駐屯地)所属と私の資料に書かれているのですが、なぜか2004年の次に撮影したのが2013年でした。 撮る機会が多い機体でも相性というものがあるのでしょうね。
この写真は、2013年7月27日に行われた舞鶴航空基地祭の時に撮影した同機です。

AH-1S(73417)

現役時代最後に撮影した写真は、2013年10月6日に行われたこれも丘珠駐屯地祭で、この時も第1対戦車ヘリコプター隊所属でした。
私の資料では少なくとも2000年には第1対戦車ヘリコプター隊所属になっており、私は北海道や東北の駐屯地祭にはほとんど行かないので、北海道や東北の駐屯地に長く所属していると撮影機会が少なく、未撮影の機体がまあまああると思います。
なお、この機体も退役時は第1対戦車ヘリコプター隊(帯広駐屯地)所属でした。

この機体は2003年にデジタルカメラに換えてからは2回しか撮影しておらず、1度目は2004年6月20日に行われた丘珠駐屯地祭で、第1対戦車ヘリコプター隊所属でした。 なお、2003年以前にフィルムでも撮影していると資料にはあるのですが、掲載するとなると時間がかかるので、以前の写真はデジタル写真のみ掲載します。
ヒコーキジャーナルでは、ほぼ以前の写真はデジタル移行後の2003年からの写真しか掲載していないことをお許しください。

AH-1S(73423)  この機体は機首部の部品が外されています。

私が撮影した現役時代最後の写真は、2017年1月12日に行われた八尾駐屯地の2017年飛行初めでした(真ん中の機体)。
今年1月に撮影した機体が、もう関東補給処で余生をすごしていることに感慨深い感じがします。

2016年9月28日に八尾駐屯地で撮影した同機。 なお、この機体は2009年頃から第5対戦車ヘリコプター隊に所属しており、相当な数を撮影しています。

2006年2月12日に行われた木更津駐屯地祭の時に撮影した第4対戦車ヘリコプター隊所属時の同機。

AH-1S(73422)

AH-1S(73419)

この機体はたぶん初撮影の機体です。 第1対戦車ヘリコプター隊の部隊記号が書かれており、長く帯広駐屯地で活躍した機体なのかもわかりません。

2013年11月10日に行われた立川駐屯地祭の時に撮影した所属部隊不明(たぶん第1飛行隊)の同機。

2006年7月16日に行われた防府北航空祭の時に撮影した第5対戦車ヘリコプター隊所属時の同機。

まずは手前に置かれているOH-6D(31286)で、某航空雑誌に掲載されていた冬季迷彩の機体です。 冬季迷彩塗装のまま関東補給処に運びこまれることは今まではなかったのではないかと思うのだが、どういう理由なのでしょうね?
私としては冬季迷彩の機体を見たのは初めてなので有難いことですけどね。

左側にはCH-47Jが1機置かれていました。

私は今から32~3年前と8年前に関東補給処の格納庫に入ったことがあり、その頃は退役機がうじゃうじゃあふれていたのに、今はスカスカの状態です。 最近は退役してもすぐにスクラップにするのか、あるいは駐屯地祭できれいな格納庫を見せるために違う格納庫に押し込んだのかな?(関東補給処の格納庫は他にもあります)
まあ関東補給処の格納庫内が見られることは画期的なことです。

この格納庫は近年建て替えられた新しい格納庫です。

退役機の撮影が一段落したので、数年ぶりに開いた関東補給処格納庫の撮影に向かいました。 関東補給処には陸上自衛隊機が退役するとほとんどの機体が部品取り等のため集められる場所で、退役機マニアの私にとっては宝の山を見るようなものです。

退役した機体を最後に写せるのが霞ヶ浦駐屯地祭のいいところで、私が写していない機体を写せれば最高なのだが、今回展示された機体はすべて撮影済みでした。

私が現役時代の姿を最後に撮影したのは、2013年10月6日に行われた丘珠駐屯地祭でした(後の機体)。
ただ、写真の写りが悪く部隊記号はわかりませんでした。

この機体はラジオコールプレートは外されているが・・・

防衛庁銘板は装着されたままでした。

部隊記号はEHと書かれており、退役時は東部方面ヘリコプター隊所属だったことがわかります。

2011年10月8日に徳島航空基地で撮影した防衛庁銘板が取り付けられている頃の写真がありました。 IRANプレートは2枚になると上に貼るのですね。

防衛庁銘板も外されています。

この機体もラジオコールプレートは外されていて・・・

2003年11月9日に行なわれた築城航空祭の時に撮影した、第3対戦車ヘリコプター隊(目達原駐屯地)所属時の同機。

2008年4月13日に高遊原分屯地で撮影した西部方面ヘリコプター隊所属時の同機。

2011年10月8日に徳島航空基地で撮影した、第14飛行隊(北徳島分屯地)所属時の同機。

OH-6D(31275)  部隊記号は第3対戦車ヘリコプター隊(目達原駐屯地)になっています。

次はOH-6Dです。

機首の25という数字と・・・

外されていて、機体番号がこの2ヶ所からわからないが・・・

防衛庁銘板も・・・

ラジオコールプレートは剥がされており・・・

この機体の・・・

この機体の現役時代の姿を最後に撮影したのが2014年6月26日に八尾駐屯地で、当時は中部方面ヘリコプター隊所属でした
ネットで41725号機の現役時代の写真を探しても2014年以降の写真がありませんので、2014年ころに退役したと思われる。

2004年9月12日に行われた立川駐屯地祭の時に撮影した東部方面ヘリコプター所属時の同機。

UH-1H(41725)

まずはUH-1Hから紹介します。

お~っ! 関東補給処の格納庫が開いている! しかし格納庫入口にロープがあり、これは後でも撮影できると頭の悪い私の脳で瞬時に考えた結果・・・

私は展示機に向かいます。

11時43分に飛行場地区の正門が開放されました。 皆は展示飛行を撮影するためのよい場所に向かいますが・・・

記念式典が終わると、飛行場地区正門前は人があふれてきました。

観閲飛行を終えたヘリコプターも飛行場地区に帰ってきました。

観閲走行を終えた飛行学校所属の車両が飛行場地区に戻ってきました。 以前はOH-6Dを搭載したトラックも観閲走行していたのだが、近年はなくなってしまいました。 また復活してほしいな。

待っている方々にお願いして動いてもらい、飛行場地区正門の看板を撮影させていただきました。 動いていただいた皆様、ありがとうございました。

正門に戻ってきましたが、飛行場地区の開放はまだ時間があり、かつ記念式典が行われているのに、既に飛行場地区正門前で開放を待っている方々がいました。 私と同じく飛行機マニアの方々でしょうね。

霞ヶ浦駐屯地メイン道路

霞ヶ浦駐屯地は他の駐屯地と違って補給処も併設しているので、大きな倉庫が並び駐屯地とは思えない光景です。

観閲で走行するフォークリフトが待機していますが、以前一度見たことがあるので走行を見ずにこの場を離れました。

記念式典が見える場所に行ってみました。

自衛隊ではペトリオットと言います。

なぜ陸上自衛隊霞ヶ浦駐屯地に航空自衛隊のナイキJが展示されているのかというと、駐屯地内に航空自衛隊霞ヶ浦分屯基地があるからで、現在はパトリオットが配備されています。

霞ヶ浦駐屯地には何度も来ているが、ナイキJが置かれていることを初めて知りました。

んっ!

こういう何に使うかわからない廃車を見ながら歩いていると・・・

私が霞ヶ浦駐屯地祭に行った時にいつも行く場所がここで、厚生センター2階奥にあります。 霞ヶ浦駐屯地の喫煙隊員のくつろぎの場でしょうね。 喫煙者にとってはきつくつらい仕事があっても、喫煙することで(私はコーヒーもあれば最高)疲れが軽減され、精神的にも落ち着くことができます。
でも嫌煙者に「そんなことあるかい(なぜか大阪弁ですが)」と言われるでしょうね。

全国の駐屯地祭や基地祭で売るそうで、女性用のピンク色もありますよ。 これだけ宣伝しているのだから、1枚売れたら50円くらいほしいな~(笑)。

出店でこのような防空頭巾のような帽子を売っていました。 汗かきの私にとってはぴったりの商品で、値段は少々高かったが(でも今治タオルを使っていると言っていたと思います)購入しました。 これをかぶったおっさんが全国の駐屯地祭や基地祭で見かけたら私かもわかりませんので声をかけてくださいね。

広報センターを出て、時間つぶしのため駐屯地内の散策です。

この機体はまさしくリンドバーグ夫妻が日本訪問時の乗機であるシリウス号でしょう。 シリウス号は、1931年(昭和6年)8月26日に霞ヶ浦に到着しています。 なお、この機体がシリウス号ではないかとの情報はヒコーキジャーナル読者の方からの情報で、私はこの写真を見ても気づきませんでした。
皆様方もお気づきのことがあれば情報提供お願いします。

次は2階ですが、階段を上がって左側の展示スペースが昨年は撮影禁止でしたが、今年は撮影OKでした。
なぜ昨年は撮影禁止だったのだろう? 一応また撮影禁止になるかもと思い、左側の展示物を多めに撮影しておきました。 なお、左側展示品の紹介は、簡素化編集のため省略します。

F-104J模型を置いていたガラスケースの台は違う場所に置かれていました、 広報隊員に聞くとF-104J模型は違う場所に置いていると言っていましたが、この写真のガラスケース右上にF-104J 1/10と書かれた説明板があるので、いつもはこの上で展示しているが駐屯地祭の混雑で壊れてはいけないと思い、当日だけ違う場所に置かれていたのかもわかりません。

以前は大型のF-104J(26-8501)模型を展示していたのですが・・・

2016年6月5日に行われた前年度の駐屯地祭の時の写真ですが、桜花模型の向きを変えたり、少し展示を変えています。

去年までは玄関でスリッパに履き替えていたと思うのでが、今年はそのまま館内に入れました。 それと、左側にある展示物は去年までなかったと思います。

なお、2016年度の霞ヶ浦駐屯地祭の時は鳥の巣がありました。

紹介と言っても毎年撮っている格納庫内の鳥の巣の有無の確認写真で、今年はありませんでした。
ヒコーキジャーナルをずっと見ている方には、ここに今年は鳥の巣があるのかないのか気になっている方がいるかもわかりませんので、これからも鳥の巣リポートは霞ヶ浦駐屯地祭に行った時は紹介していきたいと思っています(笑)。 

一通り撮影し終えた頃には続々と見学者が来ていました。 ここは一般の方では建物の裏側にあってわかりにくい場所にあるので、開門すぐ来る人は少ないですが、他の駐屯地や基地だと目につく場所に退役機を置いているところが多いので、開門後すぐに行ってもクリアーな写真を撮るのは難しいです。

こちらはまだ見学者が来ていないので、素早く撮影!

こうなるとクリアーな機体撮影は無理になってしまいます。

駐屯地に到着です。

近所の方は歩いて行けますが、遠距離居住者は駅から歩ける距離ではないです。

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〇 海上保安庁が固定翼パイロットを自主養成


海上保安庁は今まで固定翼のパイロットを海上自衛隊に委託して訓練を行っていましたが、独自養成すると報道がありました。
今年度中に訓練機を導入し、まず教官の訓練を開始する予定で、航空機の増強への対処やパイロットの安定的に確保する目的があるとのこと。
海上保安庁のパイロット養成の状況は詳しくは知らないが、仙台空港横にある海上保安学校宮城分校で整備士とヘリコプターパイロットの養成はしていると思うので、固定翼についても自主養成となるという意味なのでしょう。
今年度中に訓練機の導入と報道されているが、来年3月までに導入となると新造機であれば既に発注していると思われ、以前から計画していたのではないだろうか。
ある場所で海上保安庁パイロットにこのことを聞いてみたのだが、「私達に情報はなく、養成基地も知らされていない」とのことでした。
でもたぶん養成基地は海上保安学校宮城分校になるのではないかと私は思っており、機種は航空大学校と同じSR-22ではないかな?
以前広島航空基地に配備されていたセスナU206G(JA3790)で細々と養成していたと思っていたのだが、瀬戸内海の監視に使われていたそうで、海上自衛隊小月航空基地に委託して養成していたそうです。
年内に始まる海上保安庁固定翼機養成の基地と機種がどうなるのか、これから注目していきましょう。

〇 アメリカ海軍が軽空母導入検討


アメリカ上院軍事委員会は、緊急事態において迅速に航空戦力を投入することを目的に軽空母を導入することを発表しました。
現在のアメリカの空母は10万トン級の大型空母でけですが、7万トン級の「ミッドウェイ」級を想定しているらしく、私にとっては充分大型ではないかと思っています。
カタパルトは2本を想定していて、航空機の運用能力はニミッツ級やフォード級より落ちますが、前線配備しておき紛争地域へ迅速に航空戦力を投入するための導入でしょうが、大型空母を減らして維持費の節減を狙っているのではないかと私は思っています。
強襲揚陸艦との違いはカタパルトを持っていることでF-35Cや早期警戒機、F/A-18なども運用でき、強襲揚陸艦より航空戦力は大きい艦船になるでしょう。
日本が空母を建造するとなると見本となる艦船で、いつの日か佐世保にでも配備されるかもわかりませんね。

RACのDHC-8-400EC(JA82RC)   DHC-8-400は滑走路長で難しいが、八丈島経由なら大丈夫かな?

 Aviation N E W S

CH-47J(52921)  航空学校霞ヶ浦校(霞ヶ浦駐屯地)   体験搭乗の予備機なのか駐機したままでした。

UH-60JA(43101)  航空学校霞ヶ浦校(霞ヶ浦駐屯地)   ホイスト救出展示  UH-60JAの1号機です。

右側にはOH-6Dが2機と、AH-1Sが4機置かれていて・・・

2013年5月19日に行われた霞ヶ浦駐屯地祭の時に撮影した同機。(部隊記号は書かれておらず、所属部隊は不明だが、たぶん航空学校霞ヶ浦校所属でしょう

OH-6D(31271)

私が31275号機を最後に撮影したのが、2012年3月15日に八尾駐屯地ででした。

テール部にJG-1725と書かれていることからわかりました。
近年に多く退役したUH-1Hですが関東補給廠にはほとんど保存していないとのことで、この機体も数年後にはスクラップとしてキロなんぼのアルミくずになってしまうかもわかりません。

関東補給処格納庫をすぐに離れ、退役展示機に向かったのだが・・・  今年も2番になってしまいました。
全体写真をクリアーな状態で撮影するには一番に行かなければならないが、人が写る写真となってしまいました。
現役展示機や関東補給処格納庫を無視すれば一番だったが、昨年に続き今年も二番手でした。 私は4泊5日の宿泊分の荷物と重いカメラ機材のおもりを背負っているうえおっさんなので、2位は自分なりに納得です。

見学者が写らないクリアーな写真はこの時しかありません。 走りながら展示機体も数枚ずつ撮影し、奥の退役展示機まで走る途中に・・・

霞ヶ浦帆曳船模型    霞ヶ浦では観光用模型帆曳船「水郷丸Ⅱ」が先日新造されたそうです。

昨年度の駐屯地祭の時に、「この写真はリンドバーグ夫妻が霞ヶ浦に来た時の写真で、そのことも書いた方がいいのでは」と広報担当の方に伝えたのですが、今年も変わっていませんでした。
ネットで調べると、この時の日本訪問はスパイをするための訪問だったのではと書いてあるサイトがあったので、陸上自衛隊としてリンドバーグのことを書くわけにはいかないのかわかりませんが、今の陸上自衛隊がそのような理由で書かないということはないと思うが、書き換える時間がないのかな?
茨城県民にとってはリンドバーグが霞ヶ浦に来た写真は貴重だと思うのだが、今年も書き加えられていないので、私としてはもう提言するのはやめます。

今年も荒川沖駅のシャトルバス乗り場の写真から始めます。 駐屯地祭でシャトルバスが出ていないところもあり、霞ヶ浦駐屯地は見学者のことを思っていただける駐屯地です。