インターネット航空雑誌 ヒコーキジャーナル第207号

アエロスパシアルAS355F2(JA6602)  所有者:中日本航空  定置場:名古屋飛行場

マクダネルダグラスMD900(JA6906)  所有者:朝日航洋  定置場:朝日川越ヘリポート

着陸! なお、離陸時は布施工科高等学校に行っていたので撮影できませんでした。

偉いさんが搭乗しているのか、消防車の1台は回転灯を回してます。

これらは飛行する時に使う無線機類かな?

〇 大阪府立布施工科高等学校

塗装はこの機体のラッピングがない状態でした。

2015年7月25日に八尾空港で撮影したJA201D号機。

セスナ208B(JA889L)  運航者:共立航空撮影  定置場:仙台空港

当日は多くの共立航空撮影の機体を見ることができ、格納庫内にも数機置かれていました。 調布飛行場での運航に制限が多いので、八尾空港にある関西事業所からの運航を増やしていっているのかもわかりません。


当日は久しぶりの八尾空港でしたが、楽しめることができました。
ここでニュースですが、以前沖縄の粟国空港で事故を起こした第一航空のツインオッター機(JA201D)が、八尾空港に戻っていました。
修理が終わったようで、C-GVVA(カナダ国籍機)で6月29日に飛来したそうで、塗装はJA202D号機と同じようなブルーに変わっていました。
以前のようなアニメキャラのラッピングはなく、これから貼られるのかな?
私が八尾空港で最後に見たのが2016年10月20日ですので、カナダへの輸送時間を考えるとまあまあ早く修復できたようですね。
JA202D号機は那覇を基地に訓練を実施しているでしょうから、2機体制になると那覇⇔粟国線の復活も近いかもわかりません。
これからの動向を見ていきましょう。

私がこの機体を最後に写したのは2011年11月26日に同じ八尾空港で、塗装は一部変更されています。

セスナT-41Aメスカレロ(N4972R)  所有者:横田フラィングクラブ?  定置場:横田基地

セスナ機が着陸してきました。

ロビンソンR44Ⅱ(JA39TE)  所有者:個人  定置場:赤田ヘリポート

この機体も初撮影の機体で、赤田ヘリポートは神奈川県足柄上郡大井町にあるヘリポートでした。

パイパーPA-28R-201(JA357Y)  所有者:Vent de mer Co.Ltd  定置場:神戸空港

たぶん初撮影の機体です。

クエストKodiak100(JA03GB)  所有者:七福組  定置場:鹿児島県霧島市

エアバス・ヘリコプターズEC135P3(JA840H)  運航者:奈良県ドクターヘリ  実質定置場:南奈良総合医療センター   当日は2回燃料補給のため飛来しました。

セスナT206H(JA206H)  所有者:共立航空撮影  定置場:八尾空港

案内していただいた教頭先生によると、以前勤務していた府立の工科高校も以前はグライダー部があったそうで、府立の工業高校にはいくつもグライダー部があったようですね。 八尾空港では昭和40年代にグライダーの飛行が禁止になったとネットに書かれており、その影響が大きかったのかもしれません。
大阪で今は見ることができないグライダーの飛行をいつか見てみたいが、日本で2番目に面積の狭くて人口が多い大阪府にこれから滑空場が出来るはずもなく、夢で見て楽しみたいと思います。

なお、JA0073号機をレプリカだと断定したかのように書いていますが、C-2のように胴体を交換しても同じ機体となっていたり、津波で被災したF-2Bも相当部品が交換されたと思うが同じ機体で、最近飛んでる零戦もほぼ新造だと思うが零戦レプリカとは皆が言っておらず、何をもって同じ機体かということを私は理解しておらず、JA0073号機も実機の部品を一部使っているかもわからず、レプリカではなくJA0073号機そのものかもわからないことを付け加えておきます。

セスナT206H(JA41KA)  所有者:共立航空撮影  定置場:仙台空港

雑草が伸びており、撮影に苦労します。

セスナT207(JA3710)  運航者:共立航空撮影  定置場:調布飛行場

UH-60JA(43135)  たぶん西部方面ヘリコプター隊(目達原駐屯地)

陸上自衛隊のUH-60JAです。

いつもの撮影ポイントに着くと同時に、山の上にヘリコプターが見えました。

こういう本も置かれていました。 航空六法について調べてみると、航空法・航空法施行令・航空法施行規則・航空法関係手数料令・航空法関係手数料令規則ではないかと思うが5つしかなく、よくわかりませんでした。

本校で製作されたグライダーの設計図(設計図ではないでしょうが)とあるので、以前に光式2・2型第三種滑空機(セコンダリー)と霧ヶ峰式鷹七型第二種滑空機(ソアラー)と航工式1型三種滑空機(プライマリー)を製作したことがあるのでしょうね。

これはグライダーを離陸させる時に使うロープか、飛行機牽引用のロープかな? 今はワイヤーだと思うのだが昔はロープを使っていて、JA0073号機レプリカを飛行する時(浮かび上がらせる時)に使われたロープかもわかりません。

これはグライダー主翼リブ作成用の木枠かな? JA0073号機レプリカを作成する時に使われた物かもわかりません。

この写真がJA0073号機レプリカを作成する時の写真かもわかりません。

なぜか霧ヶ峰はとK-14(JA0068号機)の写真もあり、期日はわかりませんが、古いグライダーを飛行させるイベントがあったのかもわかりません。

私は霧ヶ峰滑空場に行ったことはなく、この写真を見て場所を特定できないが、教頭先生は行ったことがあるそうで、たぶん霧ヶ峰滑空場とのこと。

JA0073号機レプリカ写真と、文部省1型初級滑空機説明板。

この機体に機体番号は書かれていませんが、JA0073号機レプリカを霧ヶ峰滑空場で飛ばした写真ではないかと思います。

1990年(平成2年)2月21日付けの朝刊と思われる新聞に布施工業高校で贈呈式と書かれており、1990年2月20日に贈呈式が行われたと思われ、実際に関西空港に一時期贈呈されたことは確かなようですが、関西空港で展示されたかはわからず、なぜか布施工科高校に戻ってきたようですね。
記事には、登録番号では2号機だが実質は戦後1号機のグライダーと書かれており(根拠はわからず)、朝日新聞社が資金面で援助し、「朝日1号」の愛称がついたとも書かれています。

グライダー展示室に当時の新聞が残っており、写真写りが悪く読みにくいが、関西空港調査会に贈呈された最古のグライダーと書かれてJA2002号機が写っており・・・

なぜかJA2002号機の説明板があり、「関西国際空港が開港しますと、ターミナルに展示される予定です」とありますが、ネットで調べても実際展示されたかどうかわかりませんでしたが・・・

大阪府立布施工科高等学校の概要

グライダー展示室にあった「地域活性化に役立つ近代化産業遺産」認定証。 文部省1型木製グライダーと書かれてあり、JA0073号機レプリカが認定されたのでしょうね。

会議室にあったJA0073号機レプリカの写真。 校内のグランドで飛ばしてみたのでしょうね。

布施工科高校のグライダーについてもっと知りたかったが、同窓会が管理していて学校側はあまり知らないようでネットでの調べではこれくらいのことしか調べられませんでしたが、数年ごとに展示機は交換されると聞いているので、八尾空港から北へ7~8Kmしかないので、数年ごとに学校を訪れて、保管されている機体を撮影していってみたいと思っています。

ある方のブログには、2016年11月7日付で第69回布施工科高校文化祭に行ったことが書かれてあり、その時のグライダー展示室にはJA0169号機(萩原H-22B)が置かれている写真がありました。
学校のホームページには以前グランドで組み立てられたJA2002号機(霧ヶ峰鷹7)を見ることができ、JA0073号機(レプリカ)・JA0169号機・JA2002号機の3機は確実に学校で保存されていることがわかりました。
またある方のブログには、「2011年11月27日に木製グライダーが修理を終え、5年ぶりに布施工科高校に戻ってきた」とあり、このグライダー展示室はネットで調べてみると、2011年5月15日にグライダー展示場の竣工式があったとあり、そこにJA0073号機が写っており、JA0073号機以外の機体の内の1機は実機であることがわかります。

ということは、JA0073号機は存在しないのに、航空機登録原簿には記載されたままということでしょうね。 機体はないのに登録されたままということは、他の機体でもまあまああるでしょうね。

この機体をJA0073号機として紹介していましたが、ある方のブログに、「平成元年になって同校の倉庫から「昭和15年作製」と書かれたグライダー「文部省I型初級滑空機」の設計図約20枚が見つかった。平成6年、その設計図を基にOBらが2カ月かけて機体を忠実に復元。11年には長野県で500メートルの滑空も成功させた」とあり、JA0073号機実機ではなく、設計図を基に作成された文部省I型初級滑空機のレプリカと思われます。

布施工業高校に機体は数機あるようですが展示は1機で、数年ごとに展示機体を換えているそうですが、管理は同窓会にあるグライダー部(正式にあるのかどうかわからないが、教頭先生が言っていた)が行なっており、他の機体は校内に置かれているだろうがどこにあるのか教頭先生でも知らないとのこと。

この機体は、1953年(昭和28年)9月14日に所有者:布施工業高校、定置場:布施工業高校で新規登録されていて、抹消登録はされていません。

布施工科高等学校グライダー展示室

教員や学生がグライダー展示室に入ることはほぼないそうです。

グライダー展示室は校舎の1階にありました。

布施工科高等学校はラグビーの聖地と言われている花園ラグビー場に近いからではないだろうがラグビー部が強いそうで、多くのトロフィーや楯、賞状などを事務局前に飾っていました。

布施工科高等学校を訪れるきっかけは、私の仕事場の後輩にこの学校の出身者がおり、校内でグライダーを展示しているのではないかと聞いたことで、さっそく学校に電話をして聞いてみたところグライダーを展示しているとのことで、早速見学させてもらえないかと聞いたところ、快く見学の了承をいただきました。
布施工科高等学校及び案内していただいた教頭先生ありがとうございました。

2005年4月1日に布施工科高等学校に校名が変更されグライダー部は現在ありませんが、学校ホームページには「空を飛ぶ浪漫を、受け継ぐ学校であり続けたい」と書かれており、学校OBの方達を中心にして、今もグライダーを復元・整備・展示を行っています。

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〇 八尾空港NOW

2017年7月3日、4月19日以来約2か月半ぶりに八尾空港に行ってきました。
全国への取材旅行と編集作業のため長く行くことができず、大阪府立布施工科高等学校への取材とからめて行ってきました。

文部省1型初級滑空機(JA0073)

2017年7月3日、大阪府東大阪市にある大阪府立布施工科高等学校を訪れました。
この学校は1939年4月に大阪府立航空工業学校として開校し、戦時中はパイロット候補の養成のための滑空訓練を行っていたが、戦後GHQの航空禁止令により1945年12月1日に大阪府立布施工業高校となりました。
その後、1952年にグライダー部として復活し、1953年には大阪府と奈良県の境界にある生駒山上空で9時間を超える滑空を達成し、学生グライダー界では一目置かれる存在で、一時は約30人の部員が八尾空港を拠点に活動しました。