2016年8月26日から29日まで、松島基地復興感謝イベントを見学のため東京と宮城県に行ってきました。
以前のように撮影旅行と称して出発から帰宅までを編集していくと、本命の航空祭を編集するまでに次の航空祭に出発してしまい本命の航空祭が流れてしまう場合があるので、今号では松島基地復興感謝イベントのみを編集していきます。
東京都と宮城県では航空機撮影や退役展示機の撮影、飛行場巡りなどもしていますが、これらの写真は時間があれば掲載し、できなければストック写真としてハードディスクに置いておいておきたいと思います。

松島基地復興感謝イベントだけでも今までのような編集の仕方をしていたら相当時間がかかかると思われるので、以前よりは簡素化された編集でお送りしたいと思います。
それでは2016年8月28日に行われた松島基地復興感謝イベントの編集を開始します。

8時30分前に列が動きだし、最初に見えてきたのは高台のエプロンに移された松島救難隊の庁舎と格納庫です。

インターネット航空雑誌 ヒコーキジャーナル第185号

滑走路横にある矢本海浜公園跡地で、以前は砂浜だったがしっかり護岸工事されていたとのこと。
私はここに前日に行こうとしたのですが入口で通行止めになっていました。 以前はタクシーで奥の方まで行った記憶があり、10年ほど前まではT-33A(81-5395)が展示していた場所ですね。
基地のすぐ近くに海岸があることがわかる写真です。

この写真はiiPhone6での撮影とのことですがきれいに写っており、私の一眼レフカメラでのスナップ写真より高画質に見えます。
写真は機材がどうかではなく、写す人の心が反映されるものなのでしょうね。  (以上3枚長島良太郎さん撮影)

このような国旗のプレートは実弾には付いていません。

現在は海上自衛隊航空基地にも配置されています。

出店は旧エプロンにありました。

左側の庁舎の入口には津波の水位が表示されていました。

右側が松島救難隊旧庁舎で・・・

これは「燃料・システム格納庫」という名称で、どいう用途で使っている建物なのかわかりませんでした。

2006年8月27日撮影写真

2006年8月27日撮影写真

これも2009年8月23日に撮影した写真ですが、近くに器材庫があったと思うのだがわかりませんでした。

スロープの左側には旧松島救難隊格納庫があり、今は倉庫として使用しているそうです。

U-125A・F-2B・T-4(ブルーインパルス機)での異機種航過飛行

第4基地防空隊装備品展示

松島救難隊新格納庫から見た新しいエプロンはこんな感じで、雲が低く垂れこんでいることもわかります。

松島基地における震災対応工事の写真がありました。

気象観測システム(TACMET-R)

松島救難隊格納庫の津波後の写真がありました。 右には太鼓があります。

どこにあるんだ? 主輪を出した後の車輪収納部なのか?

赤外線モニターの写真も貴重ですし・・・

救難隊装備機の説明板ですが・・・

紅白幕で隠されたところの上にカーテンのレールがあり・・・

ブルーインパルス機とF-2Bで、8機のみの展示でした。

嵩上げされた高台のエプロンはこのような感じで・・・

F-2Bの離陸  400mmレンズではこれが限度でした。

ここからさらに歩きます。

手荷物検査場のすぐ後ろに所有権放棄所というのが3か所ありましたが、3か所全てこの時点では放棄物はありませんでした。

他の自衛隊イベントでは本当に動作しているのかと思う金属探知機ですが、今回はポケットに入っていた鍵や硬貨にも反応しており、ペットボトルは少し飲まされました。
今回のイベントは持ち物の大きさにも厳しく規定されていたので、いつも背負うカバンでは大き過ぎると思い小さなカバンを別に用意して大きいのはホテルに置いてきたのですが、大きなカバンを背負う人も多く見られました。
航空祭に行く時は撮影機材の他に雨具・水分補給のペットボトル・食事を摂れない場合を考えてパン1個・防寒服・汗かきなので着替え・座るための踏み台等を私は持っていくのですが今回はほぼ持って行かなかったのに持っていっていても大丈夫でした。
今回はホテルに多くの荷物を置けたのでいいですが、その日に帰るとなると何泊分の衣類なども持って航空祭に行かなければならず、手荷物の大きさの制限はやめていただきたいです。
近くに住んでいる人だけが航空祭に来るのではなく、遠くから何泊もして航空祭に来る人のことも考えてほしい。

後の列が長くなってきました。

◎ 松島基地復興感謝イベント(2016年度松島航空祭) No.1

エプロンから滑走路を挟んで反対側の管制塔地区です。 多くの方々が土塁の上から見学していたいたそうです。

まだ今回のイベントの写真は残っているので編集を続けたいのですが、この土日に毎年恒例のテニス合宿があり、帰宅後に編集の再開となると発行が遅れるので今号ではここまでとします。


と編集を終わり発行しようとしていたところ、このCH-47Jに体験搭乗した長島さんから松島基地の上空からの写真を送っていただきました。
長島さんありがとうございます。
松島基地の被災後の航空写真は貴重で、誰もが見たかった写真だと思います。
皆様方も私が写し逃した場面や写真がありましたら投稿よろしくお願いします。

格納庫を出てみるとCH-47Jが飛んでいたので見に行くと体験搭乗をしていました。 体験搭乗の募集があったっけ?

無事に残っていたので、これからの松島航空祭でも長く見続けることができるでしょう。

被災時垂直尾翼に破損した写真がJ Wingsに掲載されていたらしいが(たぶん2012年7月号と思われる)、家には乱雑に置かれた航空雑誌が山のようにあって探すのは困難でどのような破損具合だったのかわからないが、修復したのか破損の痕跡はわかりませんでした。

これはAIM-9Lのダミー弾かな?

キャノピーにほこりが付着しているようで見栄えが悪く、忙しかっただろうがこのイベントの前に清掃していただきたかった。

6年前と変化はないようです。

この写真は2009年8月23日に松島航空祭で撮影した同機で、長く松島基地で保存されていたが格納庫内で津波による被災を受け、被災後航空雑誌J Wings誌により垂直尾翼にへこみがあるが大きな損傷がなかったことを確認していたが撤去解体の可能性もあり5年間どうなったかわからなかったが、無事に保存されていたことがわかりました。

T-2後期型(29-5176)

T-2ブルーインパルス機だ!

おっ!

格納庫内を見ると んっ!

これはC-130Hにパレットを搭載する車両でしょう。(カーゴローダーと言うのかな?)

これは二式大艇かな? ソリッドモデルかどうかわかりませんが、製作途中なのでしょうね。

これは1970年に大阪で開かれた万国博覧会の時に飛んだF-86Fブルーインパルスの写真ですね。 私は2回行きましたが、アメリカ館の月の石を見たかったな~ でもその後デパートで月の石を触りましたけどね。 

これは世界の傑作機の表紙になったもの?

庁舎内で美術展を行っていました。

この庁舎は2009年度の航空祭の時にも撮影しており変化はありませんでした。 この付近では一番高い建物なので、津波が来た時は多くの隊員がこの庁舎に逃げたでしょうね。

松島基地空輸ターミナル・ベースオペレーション

出店で焼肉丼を食べたのですが豚肉でした。 関東方面にお住いの方々は知らないかもしれませんが、焼肉定食や焼肉丼(これはあまり関西では聞いたことがないが)は関西では牛肉であり、大阪で焼肉定食を頼んで豚肉の定食が出てきたら怒り出す人もいると思います。
私は一時期関東方面に住んだことがあり、焼肉定食を頼んで豚肉が出てきた時は驚きました。

喫煙所とブルーインパルス

今回のイベントで唯一あった喫煙所。  何回も通いましたが、来年はもっと増やしてくださいね。 隊員は庁舎のベランダで吸っていましたよ。

救難隊新格納庫の奥にも格納庫がありますが・・・

救難隊格納庫の奥にある格納庫群ですが、以前の松島航空祭の時は右側の格納庫の裏側の方から入場していた記憶があり、入場門の付近に以前は退役したT-2が置かれていました。

2009年8月23日にほぼ同位置から撮影した写真

旧松島救難隊格納庫

このように嵩上げされています。

旧エプロン・格納庫地区に降りてみましょう。

第4基地防空隊装備品も津波で被害が出たそうですが今も低地に配置されているそうで、いつかは高台への移動が必要でしょうね。

ブルーインパルス格納庫の嵩上げ工事が終わった平成25年度後半(2014年3月)頃までは退役展示機は5機展示されていたことがわかります。

ブルーインパルス格納庫の嵩上げ工事の写真もありました。

一応工事は終わったとのことです。

管制隊員が使用するヘッドセット

この2つの管制塔を作ったのだが、新管制塔はロボットになっていて聞かないと何かわかりませんでした。

松島管制隊が製作した松島基地新旧管制塔

救難装備品

ベストは中身を出してくれました。

救難隊使用のベストとヘルメット

救難隊使用の落下傘

物資投下装置も貴重です。 こんなに大きいということは救難用の救命浮舟を投下できるようになっているのでしょうね。 ということは、U-125Aの下には投下できるような大きな穴があり、通常は蓋がされているのでしょうね。 そんなの見たことないな~。

U-125Aの機内に入ったことがなく、計器盤の写真は貴重です。

床はグレーチングが全面に敷かれており、隊員に聞くと洋上飛行後の機体のシャワー洗浄機とのこと。
主にUH-60Jが使用しており、小牧の救難教育隊を含む全国の救難隊格納庫に装備されているとのことだが、全国の基地を周っている私は他の基地で見たことがないように思うのだが、観察力の老化により見逃しているのかな?

天井部分をよく見ると散水装置があり・・・

嵩上げされた高台に新築された松島救難隊格納庫に入ってみましょう。

基地内を撮影しているとブルーインパルスが離陸してきたので撮影しましたが、今回は航空機の撮影がメインではなく被災後の松島基地を撮影するのがメインで滑走路側で撮影待機していませんので、飛んでいる機体を見たい方は他の方のブログを見てくださいね。
今回私は飛んでいたら一応写すという考えなので、飛んでいる機体の写真はまともな物が少なかったです。

航空自衛隊機はKC-130Hと・・・

宮城県防災航空隊・宮城県警察・陸上自衛隊機が各1機と・・・

UH-60Jはこちらに向いて離陸したので大きく撮影できました。

UH-60Jの離陸

U-125Aの離陸

手持ちの吹き流し?

さらに歩いていくと人だかりがあり、8時30分の開場までここで待機です。 後から来て前に行く人もおり、早く並んだ人も後に来た人も会場に入る時間はそんなに変りませんでした。

この機体は前日にも撮影しています。  T-2は現役時代の姿をまあまあ撮影しているのですが、この機体は撮影していませんでした。

歩いている途中で消火・救難訓練用のT-2後期型(79-5141)の前胴部を見ることができました。 津波に耐えてくれたのですね。

手荷物検査場です。

さらに歩くと・・・

少し歩くと・・・

ここで当選ハガキの提示をします。

7時42分に列が動きだしました。

防潮堤の上では撮影している方々がおり、抽選に外れたのか、あるいは最初から外から飛行展示を撮ろうと思っていたのかもわかりません。

天候偵察のためか既にF-2が飛んでいました。 他の航空祭ではT-4が天候偵察を行うのですが、第21飛行隊にはT-4の配備数が少ないのでしょうね。

6時56分指定された入場門付近に到着しましたが既に長い列ができており、門は奥の防潮堤の奥にあるので、既に500~1000人は並んでいたでしょう。

2009年8月23日に撮影した矢本駅で、矢本駅の看板で時が過ぎたことがわかる程度でほぼ変わっていません。 駅員さんに聞くと津波は矢本駅までは来ず、少し濡れた程度だったとのこと。

矢本駅に降り立ったのは私としては2009年の松島航空祭が最後だったので7年ぶりになりますが、以前と風景は変わっていません。

TOP

離陸直後のエプロン地区の写真で、ファンシードリルをしていたころだと思うとのこと。
奥に緑色の屋根の以前の格納庫が見えており、手前に嵩上げされたエプロンや新格納庫が見えます。

T-2後期型(29-5176)説明板

2009年8月23日に撮影した同機

このスロープで新旧エプロンをつないでいるのですがこれは車両及び人間用で、機体用の誘導路ではありません。

2006年8月27日撮影写真

救難隊機が2機と・・・

今回の報道陣です。 一般人では撮影できないアングルから撮影できるので、来月号の航空雑誌を楽しみにしておきますよ。

エアー門がありました。

開催は8時30分からですが、6時44分に松島基地直近にあるJR仙石線矢本駅に到着しました。
今回は石巻に宿泊したので、石巻方面から来る人は少ないです。